第3話

「あっ…」

 どうしよう。ハンケチが無い。何故なら、片っ端から、私のガーゼのハンケチを聖女リコ様が血染めにしてしまうから。

「なあに、あなた。ハンケチの一枚も持っていないの。だらしないのねえ」

 むっとする。誰のせいか。やれやれといった風情で、リコ様が手提げから何か取り出す。

「木綿のハンケチですか。素敵な花柄ですねえ」

「そうでしょう」

 胸を張るリコ様。なのに、ハンケチの三分の一あたりを持ったかと思うと、それを引き裂いてしまう。

「えっ、えっ、何事ですか」

「さあ、これであなたのハンケチが出来たわ。これで手をおふきなさいな」

「はあ、それはどうも…」

 恐縮して受け取る。手を拭ってから、改めてハンケチを見つめる。

「これは、木綿ですか」

「そう」

 少し唸る。

「木綿を筆で色付けしようと思ったら、もっとにじむのではありませんか」

「これはね、注染という技法なの。ぴんと張った木綿に、糊で柄を作ってから、染色液を注ぎ込むのよ。だから、表と裏とで、全く同じ柄になるのよ」

「それはすごい」

 素直に感心する。

 それにしても、こうして静かに本でも読んでいれば、ちゃんと聖女に見えるというのに。口惜しいことだと、唇を噛む。

「あなた、今、とてつもなく失礼なことを考えているわね」

 上目遣いににらまれる。笑ってごまかす。

「何のことでしょう」

 と、慌ただしく人が入って来る。

「何事か。聖女様は、勉強中だぞ」

「恐れ入ります。急ぎ王からの勅命を届けに参りました」

「まあ、それは大変でしたね」

 盆の上の白い封筒を受け取る。

「それで、王様は何と」

「はあ~?」

 またしても、王命に困惑したのだった。

「全く意味が解らないっ!」

 使者が帰ってから、机に突っ伏す。

「あらあら、頭なんて抱えてみっともない」

 これを見てから言えと、紙をつきつける。

「ええと…。通常、三か月はかかる魔方陣をあの代用血液で描けと。何だ、こんなこと。簡単じゃない」

「お前、ついさっき教えたところだぞ。話を聞いてなかったのか」

「その言葉、そっくりお返しいたします」

 額に突きつけられた爪で皮膚をえぐられる。たらっと血が流れた。

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