第2話

「血液は、ばっちぃよ」とその医師は宣った。

「はあ…」

 そんなこと知っているわ。眉間にしわを寄せる。二人して、中庭でのんきにしゃぼん玉飛ばしてはしゃいでいる娘を見遣る。

「あいつ、いくつだよ…」

「ほら、その…。君たちは、魔方陣を描くのに己の血を使うだろう。試しに針先で指を突いてみたらこの騒ぎだよ」

 隣の医師を見て、ふき出す。

「いや、失礼…」

 午前中、この医師はリコ様にぶん殴られたのである。そして、医師は急ぎ帰宅し、孫のしゃぼん玉を聖女に献上したのだ。

「と言いますか、お孫さんのものでしょう。アレ」

「お国のためならばと泣く泣く渡してくれました」

 ぐすんと涙ぐむ祖父。本当にいくつだよ、あいつ。

「おほん。そこで私も思い直したのだよ。やはり、君。血液は、ばっちぃよ」

 何のことはない。もう小娘から危害を加えられたくないだけである。

「本当は、私も、自ら血を流すことは大変苦手です」

「ああ、それは仕方ない」

 うんうん頷く医師。

「いいかい。だから、これは決してお為ごかしではないのだよ。やはり、己の身体を傷つけないで済むのなら、そちらが良いだろう」

 そう言いながら、何度も私の肩を叩く。正直、怖い。

「はい、そうですね」

 三人の思惑が一致して完成したのが、SDGsな代用血液である。

 元々あった農家からの苦情にも対応している。なんと小瓶から出して三分後には蒸発するのである。

「いや、これ、透明だから魔方陣描いても解らないよね?」

「ふんっ。お馬鹿さんね。乾燥するとちょうど消えるような色を付ければいいのよ。私の国には、そのようなのりがあるわ」

 さすがです、聖女リコ様と医師から拍手が上がる。まあ、その着色の研究も私の仕事になるのでしょうがね。まあ、いいです。

 代用血液の原材料は、やはり、聖女様及び私の体液である。血液のほうが濃度が高いのだが、リコ様は月に注射一本分の血液しか提供してくれない。その代わり、毎日、体液もとい涙を差し出してくる。

 しかし、簡単に泣けと言われても、毎日のことでは相当辛いだろう。花瓶をぶん投げられた日は、泣き過ぎて頭痛がするとわめいていたのである。

「だから、もう少し血液提供の頻度を増やして下されば楽になりますよ」

「あのさ、私、こう見えても年頃の娘なんだけど」

 首を傾げるリコ様。私も同じ方向に、首をやる。

「君」「はい」

 医師から耳打ちされる。一瞬で、顔が真っ赤になる。

「失礼しました」

「解ればよろしい」

 この人も女性なのだな。異様に胸がドキドキした。

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