魔方陣三分ドローイング大作戦

神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ)

第1話

 宮廷魔術師団には三分以内にやらなければならないことがあった。

 魔方陣は、魔術の行使の補助として使われる。魔術師の血には、魔力が流れている。それだから、高度な魔術も展開できるようになる。


 ある日、国の法律が変わった。

 それまで、魔術師の血液で描かれていた魔方陣が、血液使用禁止となったのだ。

「は?」

 王宮内のピロティーに掲示された無駄に豪華な紙。何度も、読み返す。

「いや、そもそも魔方陣って、血で描くものじゃんか」

 だよなと同僚に同意を求める。彼は、首を横に振った。

「なんでも、農家からの直訴らしい。ただでさえ血液汚れは落ちにくいだろう。魔術学校と農園が隣り合っているのもよろしくない。学生たちの描いた魔方陣の血が雨で流れて、畑の作物がえらいことに…」

 下を向いて、言葉をにごす。

「ああ…」

 魔術学校は、全寮制である。新入生は、夜な夜な聞こえてくる魔法作物の叫び声で安眠妨害されるのがお約束だった。

 学生はいずれ卒業する。しかし、農家は定住しているのである。確かに、文句のひとつも言いたくなるであろう。

「まあ、それはそれとして」手を叩く。「血液でなければ、何を使う」

「あの研究が実現されたようだよ」

 黒髪のちいちゃな同僚、ユタカは朗らかに言った。ああ、こいつは代用血液の原材料を知らないのであろう。キラキラした瞳から目を逸らす。

「確か聖女様も、協力なさっていたのだろう。ほら、不衛生な戦場で、魔術師の傷からバイ菌が入って亡くなったことも…。本当に素晴らしいことだよ」

 私はひきつった笑顔で、ユタカに別れを告げた。

「じゃあ」「また」

 回廊に、靴音が響く。宮廷でも、奥まった場所。近づく度、ぎゃあぎゃあと叫ぶ少女の声が大きくなる。私は、頭を抱えた。ノックしてから、扉を開ける。

「おっそいわよ、バカ!」

 ぶん投げられた花瓶。見事、額にヒット。そのまま、ひっくり返った。だくだくと流れる血液。慌てて、水色のワンピースを着た少女が駆けてくる。

「あっ、ちょっと何してんのよ! あんたの血なんて、魔力ダクダクなんだから。無駄に絨毯のシミにしてるんじゃないわよ」

 そう言って、ガーゼのハンケチに血を染み込ませる。もちろん、後で再利用するためである。

 ヤバイ。目がチカチカする。

「私の代わりにもっと血液寄越しなさいよね」

 二枚目のハンケチを取り出す。いや、無理だって…。

「あの…。リコさま? よろしいですか…」

「もう終わりか」

 舌打ちするリコさま。いやいや…。仕方なく傷口を消毒し、新しいガーゼを貼りつける。髪の毛は、包帯でぐっちゃぐっちゃである。

「まあ、座りなさいよ」

 床に座していた私に、手を差し出す。瞬きして、顔を上げる。

 目の前には、脚を組んでソファにふんぞり返る少女。聖女様その人である。

「で?」

「残念ながら…」

 言わずもがな全てを理解したようだ。

「あのクソ親父め。いい度胸してるわね。この聖女リコ様から、生涯、体液を求め続けようだなんて」

 ちなみに、彼女の言う「クソ親父」とは、実の父親のことではない。我が国の王である。



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