第41話 フードコート

 その日の放課後、俺と吉川実香はバスセンター地下のフードコートに居た。ここは周辺の高校生のたまり場だ。ただ、相当広いので、平日には人に聞かれないように相談が出来る場所でもある。


 春島珠子を劇場に送った吉川実香と待ち合わせて、俺たちは情勢分析と投票の計画を練っていた。

 すると、そこに他校の女子高生が通りがかる。マスク姿でよく顔は見えないが、相当な美少女のようだ。


「あれ? 実香?」


 ん? 吉川の知り合いか?


「…桃?」


 桃と呼ばれた少女はそのまま同じテーブルの席に腰を下ろした。

 吉川があきれたように話しかける。


「ダメでしょ、こんなところで話しかけてたら。バレちゃうよ」


「大丈夫。壁に向かって座ってるから」


 そう言いながらマスクを外した。その顔を俺はよく知っていた。


「ごと!! ウグッ」


 俺は驚きのあまり、思わず名前を叫ぼうとして、吉川に口をふさがれる。


「なんで、マスク外すのよ」


「え、実香の彼氏に自己紹介しようと思って。はじめまして、後藤桃です」


 KIP唯一の総選挙ランクインメンバー、後藤桃は俺をみつめながらそう話した。


「あ、どうも。新田です」


 後藤桃がいきなり現れたことにも驚いたが、吉川と知り合いなことにも驚いた。吉川は春島さんとは幼なじみと言っていたが、他のメンバーも知り合いなのか?


「言ってなかったっけ? 私、最終オーディションまで残ってたから一期生は知り合い多いよ」


「そうなのか、聞いてないぞ」


「そっか。言ったつもりになってたよ。それと桃、彼氏じゃないから」


「え、そうなの? いつも劇場に一緒に来てるでしょ」


「クラスメイトのルカ推しの人だよ」


「へえ。ルカ推しなんだね、彼氏くん」


 後藤桃がニヤニヤしながら吉川に言う。


「しつこいなあ。違うから」


「えー、じゃあもらっちゃおうかな」


 後藤桃は上目遣いで俺を見つめてきた。


「私、推さない?」


 俺は思わず目をそらしてしまう。吉川が小声で怒る。


「ルカ推しを奪わないで! それに彼は珠子一筋だから無理だよ」


「え!? 珠子って…もしかして…」


 後藤桃はいぶかしむように俺を見る。それを見て吉川は言った。


「あー、ごめん。彼は知ってるんだ。でも、知る前から珠子推しでもあるから」


「ほう。陰キャモードの珠子まで好きなの? 筋金入りだね」


 後藤桃は俺をまじまじと見つめてきた。それを遮って吉川が口を出す。


「こんなところで油売ってていいの? 仕事あるんでしょ?」


「あ、そうだった。今から空港なんだ」


「忙しいね。さすがランクインメンバー」


「まあね。って自慢してるけど、私を支えてくれるファンのおかげだけどね」


「何アイドルぶってるの」


「アイドルだもん。じゃあね!」


 嵐のように後藤桃は去って行った。


「……なんか、すごかったな」


「ほんとアイドルしてる。桃は初めて会ったときからああだからね」


 俺は少し気になった。


「なあ、ルカっちと後藤桃って仲いいんだっけ?」


 センターで推されていた糸島ルカに対し、それほどまで推されていると言えなかった後藤桃。

 しかし、総選挙でランクインしたのは後藤桃だった。以来、後藤桃は一番人気と言っていい状態だ。


「ルカはもともと自分が人気あるなんて思ってないから桃が上位でもすごいなあとしか思っていないよ」


「桃は?」


「桃はルカをどう思っているかは分からないけど、ルカの生誕祭の時、一番泣いてたのは桃だったよ」


 その涙がどういう意味かは分からないが、後藤桃は糸島ルカを強く意識しているのは間違いないようだ。

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