第10話 半分

 あれから、俺は兄とともにファミリーチケットでKIPの公演に足を運ぶようになった。といっても週に1度ぐらいだ。次第にメンバーも覚え、曲も覚えてきた。


 ハイタッチでメンバーに直接声を掛けることも増えた。ハイタッチでの声かけは時間的に1人か2人が限度だ。俺のルールでその日に一番印象に残ったメンバーに掛けるようにしているが、毎回のように糸島ルカに声を掛けていた。それだけ、彼女が印象に残ると言うことだろう。


 奥山もあれから何回かKIP劇場に入って、すっかりとりこになったようだ。俺と感性が似ているのか、糸島ルカに惹かれながらも箱推しといった感じだ。


 夏休み、公演前のロビーで吉川実香と遭遇した。劇場ロビーで会うのは久しぶりだ。


「あ、新田君。来てたんだ」


「おう! 今日は当たったよ」


「そっか。私もなかなか当たらなくてね。久しぶりなんだ」


 このところ、公演倍率はさらに上昇しているらしい。地元メディアにも露出が増えてきたし、人気が上がってきたようだ。


「で、推しは決まった?」


 吉川の言葉に、頭を悩ませる。


「うーん、やっぱり箱推しかな」


「優柔不断だね」


「違うよ、いいメンバーがそろってるからさ」


「へえ。ね、私と一緒にルカ推そうよ!」


 そういって吉川はうちわを見せてくる。


「ルカっちか。ま、いつもハイタッチでは声かけてるしなあ。半分ルカっち推しみたいなもんだな」


「え!そうなんだ。ルカ喜ぶと思うよ」


「ファンが一人増えてもそう変わらんだろう」


「そんなことない。その積み重ねが大きいんだから」


 そんなものかね。でも、吉川を見ていると俺にはまだルカっち推しと名乗るほどの熱量は無いと思う。彼女は熱狂的に糸島ルカを推してるのが傍目にも分かる。


 俺もそれぐらい熱くなれたら、堂々とルカっち推しを名乗ろう。



◇◇◇◇◇



 私、春島珠子はその日の公演の帰りで新田君が半分ルカっち推しになってることを吉川実香から聞いた。


「え、そうなんだ。頑張った甲斐があったかな」


「うん、珠子のダンスは日々進化してるって思う」


「そうかな……」


 自分では分からないけど、徐々に上手くなっているのかな。


「でも、無理はしちゃダメだよ。怪我したら公演出られなくなるんだから」


「うん、分かってる」


「分かってない。公演がない日も練習してるんでしょ」


「それは、そのぐらいしないと…」


「それに夕子ちゃんから聞いた。ちょっとした隙間時間でも常に練習してるって」


 キャプテンの千島夕子ちゃんは最終オーディションの時に実香と3人で連絡先を交換した仲だ。


「それぐらいしないと……」


「でも、怪我してからじゃ遅いよ。それに勉強も。最近授業中よく寝てるでしょ」


「うぐっ」


「卒業はしないとね」


「分かってる」


 実香はファン一号と自称してるけど最近はお母さん代理みたいになってきたな。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る