第8話 感想

 月曜日、少し早く登校した俺は悪友の奥山正樹とKIP公演の感想で盛り上がってた。


「新田、KIPの公演どうだった?」


「ああ、想像以上だったよ。知らない曲ばっかりだったがすごく良かった」


「え、知らない曲ばっかりだったのかよ。お前、アイドルに疎いからな」


 そんな話をしていると、吉川実香と春島珠子が教室に入ってきた。春島さんが席に座ると、吉川実香も近づいてくる。


「ねえねえ、どうだった? 土曜の公演」


「ああ、すごかった。アイドルってすげーな」


「でしょう。誰が良かった?」


「うーん、そうだな…」


 誰が、というよりもとにかく公演全体がよかったという印象だし、全員の名前をはっきり覚えているわけでもないが…


「まず、後藤桃はまさにアイドルって感じであざと可愛さ全開だったな。それにモデル系の…」


「保田暁美?」


「そうそう。あんなスタイルいい子がバリバリに踊っているのが良かった。あと、いつも滑ったギャグ言ってる露木アン。黙ってりゃかわいいのにな」


「言えてる!じゃあ、その3人が新田君の推し?」


「いや、一番印象に残ったのはセンターだな」


 ガタッと前の椅子が震えたような気がして、ふと春島さんを見るが、特に何も無かったようなので話を続ける。


「糸島ルカか」


 奥山が言う。


「新田、公演に行けてない俺にはルカっちの良さがいまひとつよくわからん。何がいいんだ?」


「そうだな、まず何よりも見てて楽しい。自然に目が引きつけられるんだ。ダンスの踊り方が何か他のメンバーと違う。うーん、口で説明するのは難しいが、かっこかわいいという感じか」


「ふむふむ、確かにそうだね」


 吉川が興味深そうに頷く。


「吉川も分かるか。あれはダンスの才能と言うよりも魅せる才能だな。無意識なのか、練習して獲得したのかは分からんが、他のメンバーとは全然違うと思った」


「よく見てるね」


「見てる、というか自然に目が追ってしまうんだ。そして何より本人の楽しさが観客に伝わってくるんだよ。見てるこちらも楽しい!という感情になる」


「あー、分かるかも」


「だよな。やっぱりセンターになる人は輝きが違うな、と思ったよ」


「へぇ、俺も公演で是非ルカっちを見たいな」


「おう、行こうぜ!といっても当たらないと行けないけどな。糸島ルカを観に行くだけでも公演に行く価値があると俺は思ったな」


「じゃあ、新田君は糸島ルカがセンターにふさわしいって思ってるのね?」


 確認するように吉川が聞いてくる。


「当たり前だろ、糸島ルカはセンターに立つべき人だ」


 そんなことを言うと前の席の春島さんが急に立ち上がって吉川実香の袖を引っ張った。


「ん? 珠子、どした?」


 そう聞く吉川を引っ張って春島さんは教室の前の方に移動してしまった。


 吉川は居なくなったので、俺は奥山に糸島ルカの魅力をさらに語っていた。そこに戻ってきた吉川さんがこう聞いてきた。


「ふーん、べた惚れだね。ルカ推しになった?」


「どうだろう…」


 ふと考える。推し、ね。推しって何なんだろう。誰かを特別に応援する、という意味では俺は糸島ルカ推しとは言えない。俺はKIP全体の雰囲気が好きになった。その中で糸島ルカも応援したいが、他のメンバーも応援したい。


「俺はメンバーみんな応援したいという感じだなあ」


「ほう、箱推しか」


「箱推し?」


「そう。KIPという箱全体を推してるってことだよ」


「そういう言葉があるんだ。じゃあ、俺はKIP箱推しだな。それにセンターなら既に推してる人も多いだろ。だから、あまり光が当たらないメンバーを逆に推したいな」


「ああ、分かる。俺が育てた的な?」


 と奥山と盛り上がった。そこに担任の吉田先生がやってきたので、吉川さんは自分の席に戻っていった。春島さんもいつのまにか席について顔を伏せている。寝不足なのかな。相変わらず、春島さんとは今日も全く話せなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る