第5話 公演

 しばらく席に座っていると、開演の音楽が鳴り響いた。そこで早速ファンたちの声援が始まる。


「あー、よっしゃいくぞ!タイガー!ファイヤー!サイバー!ファイバー!ダイバー!バイバー!ジャージャー!」


 何かよく分からない呪文のようだ。が、兄も完璧に唱えている。よく分からないが盛り上がるのは確かだ。俺の心も次第に高まってきた。

 そして、一曲目のイントロが流れ、ついに舞台の幕が開く!


 舞台にいるのは8人のアイドルたち。目の前で見ると迫力がすごい。そろったダンス。そして盛り上げるときにはそれぞれが個性を出して動く!もちろん、かわいい。それにとにかくよく動く。あれだけの運動量を連続で続けるだけでも俺には出来ないだろう。それを息も切らさずやりきっている。すごい。これは想像以上だ!


 次々に曲が変わっていく。知らない曲だがノリがいい曲ばかりで自然に俺も手拍子を打っていた。兄はペンライトを振り回して大声を上げている。前の方を見ると吉川もノリノリのようだ。


 そして、俺も次第にメンバーを見分けられるようになっていた。誰が誰だか分からんと言っていたのに、よく見ると実に個性的だ。雑誌で見た後藤桃はすぐに分かった。あざと可愛いダンスで表情もザ・アイドルという感じだ。アイドルだからそういうメンバーばかりかと思っていたがそんなことは無く、むしろ後藤桃が例外的だ。ダンスがすごくうまいメンバーもいるし、長身でモデルのような美人系メンバーもいる。そして、セクシーさを売りにしているメンバー。コミカルな動きの金髪メンバー。実にバラエティに富んでいる。


 その中でも俺はセンターの糸島ルカに目を引きつけられた。ダンスがとても上手いわけではない。だが、大事なときにすごく動きにキレがある。止めるところでバシッと決めてそれが絵になる。さらには、どこか動きが可愛いらしい。そして何より笑顔。はじけるようなその輝きに目を奪われる。


(そうか……。彼女は何より自分自身が楽しんでいる)


 歌い踊ることが楽しい。それが全身から発散されている。その輝きにつられて見ているこちらも楽しくなってくるのだ。


(吉川の言うとおりだ。劇場で見れば彼女がなぜセンターなのか一目瞭然だな)


 最初の4曲が終わると自己紹介に入る。なかなかメンバーの名前は覚えられないが、キャプテンは千島夕子ちしまゆうこというらしい。いかにもしっかりもののお姉さんという感じだ。そして、モデル系の保田暁美やすだあけみ。コミカルな動きの金髪は露木つゆきアン。アメリカ人とのハーフらしい。英語もぺらぺらだ。しかし、なぜかギャグを連発しており、しかも面白くなかった。


 そして、糸島ルカの自己紹介が始まる。


「みんなのハッピーガール、糸島ルカです!」


 その声に「ルカっち!」との声が飛ぶ。吉川さんもうちわをぶんぶん振りまわしていた。

 踊っていない糸島ルカはショートカットの幼い顔つきの体育会系少女。バレー部やバスケ部にいそうな感じだ。そういう娘がかわいい衣装を着てリボンを付けてバリバリに踊っているのはかわいくもあるし、格好よくも感じた。


「私が最近ハッピーに感じるのは、朝目覚まし時計より前に起きられたとき。でも、結局学校で寝ちゃうんだけどね」


 会場は沸いていた。糸島ルカは寝ることが好きらしい。その点は俺と同じだな。



◇◇◇



 約2時間の公演ということだが、あっという間に感じる。自己紹介の後は、3~4人ずつに分かれての曲。ユニット曲というらしい。その後はまた全員での曲に戻り、終わったかと思ったらアンコールもあった。最後はバラードで締められ、少し涙腺に来た。


 公演が終了すると係の人が「お見送りの準備をしておりますのでしばらくおまちください」と声を出した。


「お見送り?」


「ああ。公演終わった直後のメンバー全員とハイタッチしてお見送りしてくれるんだ。声も掛けられるぞ」


「へぇ~。すごいな」


 さっきまでステージに居たアイドルたちを間近で見られるなんて何と贅沢な。これなら確かに倍率も高くなる。


 順番に退出し、お見送りに向かう。俺たちもようやく順番が回ってきた。「ありがとう!」というメンバーの声がロビーに響く。ファンたちもいろいろ声がけしている。すぐに俺たちの番になった。「ありがとう!」元気娘のハーフ・露木アンが大声を出し、ハイタッチする。その後ろにいる糸島ルカも「ありがとう!」と元気だ。思わず「また来るな!」と声を出してしまった。


 そしてロビーの外に出る。外はもう暗いが、俺の心は晴れやかだった。


「いやあ。すごかったな。どうだ?来て良かったろ」


「ああ、すごかったよ。想像以上だった」


「俺はすっかり桃ちゃん推しになったよ」


 兄は後藤桃のあざとさにハマったようだ。俺が印象に残ったのはやはり糸島ルカかな。吉川の言うとおりだ。実際に見ると魅力が伝わった。


 そういえば、吉川の姿が見えない。もう帰ったのかな。俺たちはすぐそばの売店を見て、ペンライトを買って帰ることにした。

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