第4話 KIP劇場
そして土曜日。俺はKIP劇場に来ていた。ここは俺の高校からも近い。熊本城アリーナに併設された専用劇場だ。兄とともに17時に受付に行き、当選メールと身分証明書を見せてチケットを購入する。すると、そこには51番という番号があった。兄のチケットは52番だ。
「お!やったな」
「何が?いい席なのか」
「いや、いい席かどうかは分からない。番号がいい番号と言うことだよ」
「どういうことだ?」
「この後、入場順の抽選がビンゴマシーンで行われる。そして、それは10番単位だ。例えば30番台がまず入場、次に70番台、といった具合だな。同じ10番単位なら数字が小さい方が先には入れる。つまり、一桁の数が大事って事だ」
「なるほど。じゃあ51番は50番台の最初に入れる。最高じゃねえか」
「まあな。ただし、50番台が抽選で早めに引かれないと意味ないけどな。最後は立ち見になる」
「立ち見?公演時間はどのぐらいあるんだ?」
「2時間ぐらいかな」
「2時間立ちっぱなしは勘弁してくれ」
この劇場はいわゆるライブハウスとは違う。席は固定で立つのは禁止だ。だから椅子に座れれば体力的には楽に見る事ができる。
「まあな。だが、一巡で入れれば最前列だ。アイドルが目の前!」
「それはそうだけど、うまくいくかな」
劇場のロビー内には番号が床に貼られていてそこに何人かが立っていた。この場所に立って抽選を待つらしい。俺は50番台の一番前に立った。
「どこに座るかも大事だからな。今日はお前の感覚に任せる」
「え? どこに座ればよい席かなんて分からんぞ」
「前の方がいいのは間違いない。だが中央もいいよな」
そんな話をしていると、隣の40番台に人が来た。41番の人は女性か。って良く見たら吉川実香じゃないか。
「あれ?吉川?」
「ああ、新田君。今日だったんだ。奇遇だね。隣だ」
そんな話をしていると兄が割り込んでくる。
「誰?知り合い?」
「ああ、同じクラスの吉川さん。こっちはうちの兄の聡だよ」
「はじめまして、クラスメイトの吉川です」
「あ、ど、ど、どうも、兄です」
美人を前にして途端に挙動不審に陥る兄。だが、吉川がKIPについての話を始めると兄も乗ってきた。次第に会話も弾んでくる。
「で、吉川さんは誰推し?」
「私ですか? もちろん……」
といってうちわを見せてきた。そこに書かれていたのは「ルカ」の文字。
「ああ、糸島ルカっちか」
「ルカっち?」
「おいおい、さすがにKIPのセンターは押さえておいてくれよ」
そう言って、会場内のポスターを指さす。そこにはテレビで見たことのある子が中央に居た。KIPのニュースなどでは必ずと言っていいほど出ていた子だ。ショートカットの元気娘。声も甲高い。あの子がセンターか。だが、テレビで見ても何かすごさを感じられない。むしろ周りの子のほうが可愛く見えるくらいだ。
「あんまりぱっとしないな」
「ルカっちは劇場で見れば魅力が分かるよ」
吉川は自信満々だ。ふーん、そんなものかね。
そんな話をしていると、係の人が出てきて席の抽選が始まった。ビンゴマシーンから出た番号を読み上げていく。一巡目は……80番台。残念ながら外れ。二巡目は、40番台が出た。
「よし!お先に~」
吉川がガッツポーズを見せながら入っていく。くそ!早く50番台来い。
結局8巡目で入場。これはまあまあな順番らしい。全体で30順まである。つまり、この劇場は300人のキャパシティだ。
それほどステージから遠くない位置に座ることが出来た。ほぼ中央だ。良く見ると吉川は舞台中央の前から二列目に陣取っている。さすが二巡。
さて、あとは劇場の開演を待つのみだ。
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