第2話 兄

「ただいま」


 眠たい授業を何とか切り抜けた俺は家に帰ってきた。俺があの高校を受けたのは家が近く徒歩で行けるからだ。ギリギリまで寝てもいいのは素晴らしい。今や俺の趣味は睡眠と言ってもいいだろう。


「おかえり、潤。ちょっといいか」


 声を掛けてきたのは俺の兄である新田聡にったさとし。3歳差の大学生だ。せっかく入学できたのに大学デビューに失敗し、さえないキャンパスライフを送っているらしい。俺と兄の仲はまあ普通と言ったところか。だが、親が留守がちなので、それなりによく話す。今はほとんど2人暮らしといったところだ。


「なんだよ、俺は疲れてるんだから手短にしてくれ」


「まあ、待てよ。お前週末は暇か」


「週末?」


 俺は帰宅部だし、趣味も無い。あえて言うなら図書館で借りた本を読むか、アニソンを聞くことぐらいだ。もちろん、彼女も居ないし週末は常に空いている。だが、面倒ごとはごめんだ。


「何をするかによって暇かどうか決まるな」


「つまり……暇ってことだろ。じゃあ、予定空けといてくれよ」


「……なんだよ空けといてって」


 微妙な言い方だな。何か嫌な予感がする。


「実は、KIPのチケットに応募しようと思ってな」


 こいつもアイドルにハマっているようだ。


「ああ、頑張ってな」


「ちょっと待てよ。お前の力がいるんだよ」


 なんでチケットを取るのに俺の力がいるんだ。俺の名義でも取ろうと言うんだろうが、そういうのは本人確認が厳しくなった今では難しいはずだ。


「何するんだ?」


「これだよ。ファミリー席」


 そういって聡はスマホを見せる。KIPのチケット案内のページだ。それによるとファミリー席というものがあるらしい。家族で応募する席だ。


「実はKIPのチケットに応募しているんだが、なかなか当たらなくてな。だが、ネットの情報によるとこのファミリー席は倍率が結構低いらしい」


 まあ、ファミリーでアイドルを観に行くやつは少ないだろうな。


「兄弟でもいいのか?」


「ああ。同居していればOKだそうだ。どうしてもKIPの公演に行きたいんだがとにかく当たらん。だからこのファミリー席に賭けたい。もし当たったらでいいから一緒に行ってくれないか」


「うーん、どのくらいの倍率なんだ?」


「一般席は10倍と言われているな。ファミリー席なら5倍ぐらいか」


 結構、人気あるんだな。だが、5倍でもそれなりに高いし、大丈夫だろう。


「分かったよ。当たったらな」


「すまん。チケット代は出すし夕飯もおごるから」


「当たり前だ」


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