第一章 地元の劇場

第1話 地元のアイドル

 高校生活にも慣れてきた5月半ば。俺、新田潤にったじゅんは典型的な5月病にかかり、朝から机に突っ伏して寝ていた。そもそも俺は勉強はできるほうだが、何も目標が無い。背は高い方だが目つきが悪く、話し方もぶっきらぼうなので恐がれることが多く、友達は少ない。だから集団行動は苦手で部活もやっていない。


 特に目標も無いので一番近所の高校に入った。4月はまだ張り切っていたが、ゴールデンウィークで休みが続くと全くやる気が無くなってしまったのだ。そんなところに悪友の奥山正樹おくやままさきがちょっかいをかけてきた。


「おい、潤。これ見ろよ。やっぱ、いいよな~。JIP最高!」


 JIP、Japan Idol Project。日本にいくつも劇場を持つアイドルグループだ。奥山は小学校からの友達でこの学校も同じという腐れ縁。俺が唯一よく話す相手だが、こいつは誰とでも仲良くなるお調子者だから俺とも話すのだろう。もともと好きな音楽が同じアニソンで仲良くなった。去年あたりからはアイドルにハマり始め、いまでは俺にも普及活動してくる。だが、俺はそもそもアイドルやタレントにはさほど興味が無い。


「そんなの見てないで授業の予習でもしておけよ」


「いやいや、見てみろよ。お前もハマるから」


「そんな暇が無いね」


「寝てるんだから暇あるだろ」


 まあ、暇はあるか。頭を起こし奥山が持ってきた雑誌を見る。そこにはたくさんのアイドルがステージで踊る写真があった。


「……誰が誰だか分からん」


「これが、俺の推しの真原幸子まはらさちこ。JIP選抜のセンターだ」


 そうやって、指さした先には黒髪ボブのテレビでもよく見るアイドルが居た。だが、正直、周りの子とどこが違うのかよくわからない。


「ふーん。人数多すぎて区別できんな」


「まあ最初はそうだな。JIP選抜は8人だが、全グループ合わせると100人は超えるしな。今ではTIP、OIP、NIP、SIP、HIP…」


「なんだ、その呪文は?」


「TIPは東京。Tokyo Idol Projectだよ。他に大阪、名古屋、札幌、広島…それにKIP。熊本にできたのはお前も知ってるだろ?」


「そういえば、すぐ近くに劇場ができたんだったな」


 九州で初のJIPグループであるKIPが地元・熊本にできたとローカルニュースでもやっていた。うちの学校は熊本城にほど近く、中心街もすぐそばだ。KIP劇場もすぐ近い場所にあった。


 ただ、奥山がいつも話しているのはJIPのことばかりで、KIPの話は聞いたことが無かった。


「お前、KIPの劇場にも通ってるのか?」


「いや、まだ行ったこと無いな。俺はJIP選抜のファンだからな」


「JIP選抜というのにはKIPのメンバーは入ってないのか?」


「KIPはいない。JIP選抜は各グループのメンバーから選抜総選挙の投票で選ばれた8人だからな」


 選抜総選挙はテレビでも中継される一大イベントだからさすがに知っている。CD買ったりして得た投票権でアイドルに投票する選挙だ。お金がかかりそうなイベントだ。


「KIPは人気無いのか?」


「まだ出来たばかりだからな。第一、総選挙も次が初参加だ。だが、まだ選抜の8位以内には遠く及ばんだろう」


「そういうもんか」


「ま、どこも最初はそうだ。KIPはCDデビューもしてないし、オリジナル曲も無い。これがデビューしたら注目度も爆上がりで全国的な人気になるんじゃね」


 そういって奥山は雑誌の中からKIPのページを探し出す。そこには俺たちと同年代と思われる少女たちがステージで踊っていた。同年代か……


「なあ、俺たちとこの子たちは同年代だよな。この学校にもメンバーが居たりして」


 そう言って俺は周りを見渡す。うちの学校はもともと女子校。男女共学になって日が浅く、女子が男子の2倍以上いる。もちろん、アイドル並みのルックスを持つ子も居そうだが……


「いやあ、うちの学校では聞かないな。俺の知り合いがいる継承けいしょう高校には後藤桃がいるって聞いた」


 そう言って、奥山は雑誌から一人の少女を指さした。後藤桃というその少女は写真だけでもあざとかわいい系のいかにもアイドルといった姿が伝わる。


「ふーん…」


 そのとき、教室に「おはよう」という高い声とともに女子生徒が入ってきた。吉川実香よしかわみかだ。こちらは学園のアイドルと言った感じか。茶髪でギャルっぽいが、上品さがある。背もそこそこ高くスタイルもいい。明るさと清楚さを兼ね備えていて、いつもクラスの中心に居る。


「まあ、吉川ならすぐにメンバーになれそうだな」


 奥山のお墨付きが出た。だが、彼女が仕事してアイドルをやっているとは聞いたことが無い。普通の女子高生だ。


 そして、吉川とほぼ同時に教室に入ってきた少女が俺の席の前に座る。


「おはよう、春島さん」


 俺は声を掛けるが彼女はお辞儀をするだけで声を返すことはほとんど無い。春島珠子はるしまたまこは、天然パーマの黒髪ショートカット。そして黒縁のぶ厚い眼鏡。いつもマスク姿の地味な少女だ。背の高さは吉川より少し低いぐらいか。体は細い。そして、春島さんはほとんど話すことがない。欠席も多く友達も少なそうだが、吉川とは仲が良い感じだ。


 正直言うと、俺は吉川よりも春島さんのような落ち着いたタイプが好みだが、俺が話しかけてもいつも言葉は返ってこない。今のところアプローチは全く実を結んでいないようだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る