彼女がセンターに立つ理由

uruu

プロローグ:センター決定

(プロローグは読み飛ばしても大丈夫です)


「うーん…」


 KIP劇場支配人・渡辺一郎は悩んでいた。KIPケーアイピーとは Kumamoto Idol Project。熊本に誕生したアイドルグループだ。今日本で一番勢いがあるアイドルJIPジェイアイピー(Japan Idol Project)の姉妹グループとしてKIPは誕生した。


 JIPグループは全国各地に専用劇場を構えている。最初に誕生した東京のTIPから始まり、大阪、名古屋、札幌、広島とグループは増えていった。そして九州初のグループとして熊本に劇場が完成した。なぜ熊本なのかというと現在のJIPグループ統括プロデューサーである高森祥子たかもりさちこの出身地であることが大きい。自身もTIP出身者である高森は2代目の統括プロデューサーに就任すると、次々と全国に劇場を開設した。そして、いよいよ自身の地元にグループを誕生させたのだ。


 渡辺は高森プロデューサーの部下として数年間働いた後、その実績が認められ、KIPの劇場支配人に選ばれた。最終オーディションを経て決まった12人のメンバーはこれまで基礎レッスンに明け暮れていた。明日からは公演の本格的レッスンが始まる。ということは、ポジションを決めなくてはならない。そこで最初に決めなくてはならないのはセンターだ。


 センターはグループの顔となる。誰をセンターにするのか。劇場公演については支配人に一任されていた。


 だが、KIPのメンバーには個性的な子が多く、悩ましい。例えば神代梨奈くましろりなはダンスが一番上手い。だが、うちはダンスが売りのグループではない。顔とするにはふさわしくないだろう。


 保田暁美やすだあけみはモデルのような美しさだが、KIPはどちらかというとかわいい系のメンバーが多く、楽曲もそのようなものがメインとなる。大人っぽい保田暁美がセンターではイメージに合わない。


 だとすると後藤桃ごとうももはどうだろうか。かわいい系の筆頭だ。だが、あざとさもあるタイプだし、センターだと妙に悪目立ちしてしまわないだろうか。センターの隣にいてこそ輝くタイプだと思う。


 そう考えていくと、どうしても候補は1人だけになってしまう。糸島いとしまルカだ。だが、彼女はダンスも歌も素人。レッスンを経てようやく見られるレベルに達したばかりだ。しかし、何か目が引きつけられる。彼女は何事も全力で頑張っているし、しかもそれを楽しんでいる。見ているとこちらが楽しくなってくる。彼女をセンターに置くことでグループ全体に輝きをもたらすような気がする。一言で言えば、収まりがいいのだ。


 だが、このような素人同然の子をセンターに置いていいのだろうか。


 悩んだ渡辺はベテランの音響監督である鈴木に意見を聞いてみた。


「鈴木、お前なら誰をセンターにする?」


「センターですか。そうですね…自分には判断が付きかねますが、あえて挙げるなら糸島ルカですかね」


「糸島か。なぜだ?」


「理由を言うのは難しいですね。ダンスも下手ですし。でも、自分の仕事で言うと、声が抜群にいいですね」


「そうか。意見ありがとう」


 渡辺は他のスタッフにも意見を聞いてみた。次はマネージャの川崎だ。


「センター……難しいで質問ですね。うーん、自分なら糸島ですかね」


「その理由は?」


「自分は移動中や楽屋でのメンバーを良く見ていますが、結局彼女が中心だなというのを感じてますので」


「そうなのか? 露木アンとかが移動中はうるさそうだが」


「騒いでるのは露木ですけど、それをうるさいとたしなめるのは糸島です。露木もいつもルカに絡もうとしてきます。結局、話題の中心には糸島がいる感じがします」


「なるほどな」


 他のスタッフ全員に意見を聞いてみた。ところが、他の全員も悩みながらも結局、糸島ルカを挙げた。

満場一致だった。


 ということは彼女には人を引きつける魅力があるのだろう。

 正直、スキルという面では糸島ルカはどれも物足りないが、努力して伸ばしてきているのは確かだ。

 高森プロデューサーには怒られるかもしれないが、ここは賭けてみるしかないか。


 渡辺はついに決断した。こうして、KIP劇場公演のセンターは糸島ルカに決定した。

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