第18話 棺のベッドに寝かされて

 病室についた俺たちはベッドに寝ているコフィンの前まで歩いて行った。

 ベッドの傍にはデスとイリスがいて、他には誰もいない。

 静かで薄暗い病室に俺たちの足音が響く。


「コフィンは……無事なのか?」

「意識を失っているだけです。命に別状はありません」


 コフィンの様子をベッドの傍で見守っているデスからそう告げられて、俺は安堵してコフィンを見つめる。

 意識を失っている、と言っても透明の棺のようなベッドに寝かされていて触れることはできない。


「このベッドはなんなんだ?」

「生命維持のための魔法がかけられた棺です。このまま回復するかはまだ分かりませんが、この中にいる内は安心してください」


 言葉が出てこない。それはつまり、この棺の中にいないと生きられないということだろ。

 最悪の結末さえ過ってしまって、俺はぼんやりと眠るコフィンを見る。


「こやつは頑張りすぎてしまったのじゃ。ウチらもこやつに期待しておったからのぅ。悪魔や人間の時間は無限ではない。じゃから焦りすぎてしまった。ウチらも、こやつも」

「コフィンは頑張り屋さんですから。いつもはリリィが隣にいたのですが、本音を言える相手を失ったこともコフィンを焦らせる原因だったかもしれません」


 俺たちは互いの姿を見てやる気をもらっていた。コフィンもそうだっただろう。いや、コフィンは俺たち以上にやる気を抱いていた。俺たちの欲にあてられていつも以上に頑張っていた。

 だけど、無理をしていたようには見えなかった。コフィンの力は身体の内側にあるものだ。見えない部分が欠けてしまっていたのかもしれない。コフィン自身も気付かないくらいに内側を侵食されていた。それは病気と言ってもいいのかもしれない。


「コフィンちゃん!? 無事ですか~!?」


 病室の扉が勢いよく開いて、そこからメルルが勢いよく飛んできた。

 コフィンが眠る姿を見て状況を理解したのか、俺の隣にゆっくり降りるとコフィンの顔を見つめる。何かを考えるようにじっと。

 だけどすぐに顔を上げて勢いよく飛んで病室を出て行ってしまった。


「メルルっ!」


 ラズは慌ててメルルを追いかけて行く。

 嵐が去ったように病室は再び静かになって、俺はコフィンを見つめる。

 隣でエレナが俺の腕を掴んだ。握り返してやりたいのに、今の俺は握り返せる余裕がない。

 ただ静寂な時間だけが続いて行く。


「テオさん、エレナさん、コフィンのことは僕たちに任せてください。そろそろ夕食の時間でしょうから今日はもう休んでください」

「うむ、腹が減っては戦はできぬ、というやつじゃ。安心しておれ、絶対に目を覚まさせてやるからのぉ」


 自信があるというような顔で2人は俺たちに笑いかけた。

 デスとイリスは何千年も生きているのだ。天使病を治すために動き出してくれたし、コフィンのこともきっと大丈夫だと視線の先から伝わってくる。

 俺はエレナの手を握って、デスとイリスに頭を下げてから扉へ歩いて行く。

 扉を出てエレナと見ると、不安そうに俯いてしまっていた。


「大丈夫だ。コフィンは強いからな」

「……うん。コフィンが起きた時に私たちが暗い顔してちゃダメだよね」


 エレナは空いている手で頬を軽く叩いた。うん、いつものエレナだ。


「あ、テオはご飯とシャワーどっち先にする?」

「シャワー浴びる。飯は先に食ってていいぞ」

「テオと一緒に食べたいから待ってるね」


 ぐうううう、とエレナの言葉と同時にエレナの腹の虫が鳴いた。


「先に食べてていいんだが」

「……私がお腹が空いてどうしようもなくなる前に来てよ」

「はいはい」


 どうしても俺と一緒に食べたいのだと見つめられてしまえば、断ることなんてできない。

 急いで上がらないとエレナは空腹で俺を食べてしまうかもしれないな。


「じゃあ待ってるね」

「おう」


 シャワールームと食堂の分かれ道で俺たちは手を離してそれぞれの部屋へ向かいだす。

 控えめに手を振るエレナはお腹が空きすぎているのか少し寂しそうだった。

 安心させるために急いで食堂に向かわないとだな。

 俺に出来ることはまだそれしか見つからないから。



 ◆◇◆



 翌日も俺はトレーニングに励むため、トレーニングルームに向かう。

 扉を開けて、中に入ると人影が見えた。


「随分とやる気だな」

「……べつにいいでしょ」


 ラズは昨日教えたストレッチをやっていた。記憶力がいいのか頭に入っているようで、呑み込みは大分早い。

 様子を見るためにストレッチ用のマットの傍に行くと、ラズは座りながら顔を隠すように屈伸していて、詳しいことは聞くなと言っているようだった。

 昨日の今日だし、俺もまだ心の整理ができているかと聞かれたら否定するだろうし、自分のペースで進んでいくのがいいのだろう。

 俺も気合が入りながらラズにぶつからないようにストレッチを始める。

 ストレッチが終わったラズは昨日最初に教えた腕のトレーニングの台に座った。


「やり方分かるか?」

「バカにしないでくれる?」


 ラズは案外プライドが高いのかもしれない。

 これくらい朝飯前だと言わんばかりに使い方はバッチリだ。

 ただ慣れるまでは身体に掛かる負担は大きい。

 筋肉トレーニングは回数が多ければいいわけではない。大事なのは適切なフォームや負荷でこなすこと。だから今のラズのように早く回数をこなしているのはよくない。


「少しペースを落とせるか?」


 俺はストレッチを終えて、ラズの前に来て指導する。


「いっぱいやらなきゃ、テオさんみたいになれないじゃん」


 ラズは一旦手を止めて俺を睨む。


「俺みたいになるには、やり方があるんだ。だから、」

「ゆっくりしてる時間なんてないのに?」


 鋭い視線の中には焦りの色を感じる。

 ラズが言いたいのはコフィンのことだろう。

 コフィンは生命維持装置に入れられている。

 そこから出るために何ができるのか、ラズなりに考えがある。そんな目をしている。


「だから余計に、だな。今は落ち着いて対処する必要があるだろ」

「……なんで、いつもそんなに落ち着いてるんだよッ!!」

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