第10話 イヤなことばっかりだ

 一瞬の移動には慣れることがなく、地面に下ろされた俺は少し胸やけしていた。

 遠目にある王宮は、暗闇と同化している。

 遠くから鳥のさえずりのような音が聞こえて、俺は耳を澄ましてそれが何なのか分析する。


「この鳴き声は、あの子ですよデス様」

「久しぶりに聴きましたが、相変わらずお上手ですね」


 その声は俺たちを呼ぶように歌っている。

 綺麗な高い歌声は暗闇を照らすように道を作った。

 どこか聞き覚えのある声は、この道の先にエレナがいるのだと教えてくれた気がして、俺はその道を歩いて行く。

 後ろからデスたちがついてくる足音を聞きながら、1歩1歩進んで行けば、王宮の入り口につながる長い階段の前にたどり着いた。

 数百段はある階段の先を俺は見上げる。


「ラズちゃんが甘いから来ちゃいましたね~」

「ぼくはあいてをしたよ。なにをしろまではいわれてない」

「そこは察するものです~。ラズちゃんは早く大きくなりましょうね~」

「はぁ……いやだ」


 階段を上り切ったところの柱には天使がいる。左にはメルル、右にはラズが、柱に立って俺たちを見下す。

 どこかで聴いたことがあった歌は、俺がエレナと逃げた時に聞こえた小鳥のさえずりだった。あのさえずりはメルルの歌声だったのか。鳥のように綺麗な歌声は俺たちを歓迎しているようにも聴こえた。


「メルルさん、イリスさんにお会いしたいのですが」

「ん~、今は無理ですね~」


 塔のように高い位置にいるメルルの声は俺には聞き取り辛い。

 デスは耳がいいのか普通に会話をしているようだ。


「では、ご伝言をお願いできますか?」

「はい~、なんですか~?」


 このまま帰るつもりなのか、と振り向いてデスを見る。しかしそこにデスはいなく、上の方で大きな音がして反射で視線を上けた。

 大きな光がデスの周りから放たれて、メルルの横を飛んでいく。まるで脅迫するような勢いで。


「貴方は何をやっているのですか、と」

「……お母様を侮辱しましたね。ラズちゃん! そっちもこっぱ微塵にしていいですよ!」

「いやだ……なにもかも……イヤなんだよッッ!!」


 メルルの悪魔のような叫び声を合図に、ラズは俺に向かって飛んで来る。

 俺は横に避けて拳を構えた。だけど身体を武器にするだけじゃ勝ち目がないのは前回の戦闘で学んだことだ。


「オレ様をバカにしやがったオマエはガチでたおすッ!!」


 双剣を空中から取り出して、ラズは突進してくる。

 俺は前回よりやる気のラズの姿を捉えるので精一杯だ。


「あぎゃっッ!」


 突進中に叩かれたラズは、地面に倒れた。

 ハエ叩きのように鞭で叩いたのはコフィン。その上には身長の2倍はある鎌を持ったリリィがいる。

 2人は俺の前に降りてきて、リリィは俺に向き合った。


「テオ、あげる」

「剣……?」

「リリィには必要ないから」


 空中から長剣を取り出したリリィは俺に長剣を差し出した。

 長剣は扱えないのだろうか。なんにせよ武器が手に入ったので、俺も本気を出せそうだ。


「コフィン、デスのところへ行って」

「リリィちゃんと離れるのは寂しいけど、リリィちゃんの願いは叶えるよ」


 寂しそうな顔をしながらもコフィンはデスの所へ飛んでいく。

 残ったリリィは俺の横で鎌を持ちながら飛んでいる。

 地面から起き上がって顔に付いた土を拭うラズに向けて、俺は長剣を構えた。


「いやだ、イヤだ、イヤだイヤイヤイヤイヤイヤイヤ」


 闇雲に双剣を振り回すラズは、赤ん坊のようにも見える。

 赤と青のオッドアイは一直線に俺を睨んだ。


「オマエなんかオレ様のせかいにはいらないッ!!」


 一直線に俺に向かってラズは飛んで来る。大きく振るった双剣を長剣で受け止める。弾き返して、距離を開けてもすぐに縮まって、俺は慣れない長剣で必死に防御する。


「お前は何が嫌なんだ?」

「ハァ!? よのなかぜんぶだよッ!!」

「じゃあさ、嫌い続けよう」

「……は?」


 双剣の動きが鈍くなって、俺は初めての攻撃を繰り出す。


「嫌いな事が嫌になるくらいに嫌い続ければいい。ずっと嫌い続けることができるのはすごいと思う」


 双剣を使って防御に入ったラズの隙を伺いながら攻撃する。


「俺は人間だからさ、飽き性なんだよな。子供の頃のことは何年か経ったら忘れてしまうんだ。幼馴染にあげたおもちゃのことだって、大人になるにつれて忘れていく」


 一瞬、ラズの動きが鈍った。俺はその隙を逃さない。

 ラズはやっぱり赤ん坊のように、まだ知らないことがあるのだろう。

 双剣を弾いて、地面に倒れたラズの顔の横に長剣を突き刺す。


「だから、俺のことは嫌い続けておぼえててくれよ」

「……イヤだッ」

「ぐふぁっ!?」


 諦めの悪いラズが俺の腹を両足で蹴った。

 前回の戦いで、俺が身体を武器に出来ることを教えてしまっただろうか。

 俺は遠くに飛ばされて、ふらつきながら立ってラズを探す。

 空を見上げてもどこにもいない。辺り一周見てもラズの姿を見つけられない。


「上ばっかりみやがってッッ!!」

「なっ、下かよっ!?」


 天使だから飛んでいるのかと思っていたが、案外頭がいいのかもしれない。

 ラズは俺の足元に這いつくばって来ていて、しゃがんで双剣を構えた。逃げる時間は無い。


厭々騎イヤイヤキ!!」


 ラズは回転しながら俺の足を斬って行く。

 足が無ければ人間は立てない。歩くことすらできない。それではエレナを助けに行けない。


「それでも俺は、歩かなきゃいけねぇんだよ!!」


 長剣は遠くで地面に刺さったままだ。

 だから俺は両拳を握って思い切り真下に振り下ろす。


「ッッデェ!?」


 ラズの頭を割る勢いで、俺は叱るように殴った。

 殴られた勢いで尻餅をついたラズは頭を抱えながら俺を見る。


「な、なんで……神経きったはずなのに……」


 怯えた瞳は子供のようにも見えて、俺はゆっくりとラズのいる方へ距離を縮める。


「もっと強気で斬らなきゃ斬れないくらい俺の神経は図太いみたいだな」


 斬られている感触はあったけど、神経を斬る技だとしたら上手く神経まで届かなかったのだろう。

 自分の体を褒めてやりたい。

 それに泣きそうなくらい落ち込んでいるラズを起こしてやらなければ。


「ほら立てるか?」


 まだまだこいつは子供なのだなと、俺はラズの目の前に立って手を差し伸べる。


「たすけられるの……いやだなぁ」


 ラズは降参するように俺の手を取る。

 立ち上がると目を細めて微笑まれた。笑った顔はやっぱり子供のような可愛らしさがある。


「ひっ」


 そのラズの首元に、鎌の先が添えられる。

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