第4話 天使に喰われる

 変わり果てていくエレナの姿がぼんやりとしか見えない。なんとか見つけようと必死に探る。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」


 エレナの姿をしっかり見つけた時には、エレナの背中から生えた白い翼が広がって宙に浮いていた。


「エレナッ!!」


 何故だかエレナが窓から帰ってしまう気がして呼び止める。

 その声でエレナは俺がいる事を理解したようだ。

 エレナは床に足をついて、宝石のような何かを踏みつぶす。

 次の瞬間には俺に向かって来て


「イッッテエェ!?」


 俺を押し倒して肩を噛み始めた。

 そういえば天使病になったら人間を襲うんだっけ。

 ってことはエレナは天使病にかかったということだ。

 天使病って、天使になることなのか、化け物になることなのか、俺にはよく分からない。


「エレナ!! お前幼馴染やめるんじゃねえぞ!!」


 よく分からないけど、俺はエレナの幼馴染だ。それは一生変わらない。

 天使になろうが、化け物になろうが、エレナは俺のただ1人の幼馴染。病気なんかに変えられるわけねえだろうが。


「お前はイヤでも、俺はエレナが幼馴染じゃないと許さねぇからな!!」


 痛いとか、意識が朦朧としているのかとか、どのくらい肩を喰われているのかとか、そんなことどうでもいい。

 ただ目の前で苦しむエレナを失いたくないだけだ。

 毎日一緒に学校へ行って、うちの店で会って、窓越しに会話する。これからも当たり前のように一緒に過ごすんだ。だからその日常をどうしても諦められない。

 こういうのって、なんて言うんだっけ。


「……だ」


 夏の終わりに鳴くセミのような声。

 何を言ったのかさえ分からなくなって、目の前が真っ暗になる。



 ◆◇◆



 ポカポカする気温と眩しい位の日差しを感じて俺は目を開ける。


「テオ! よかった……」


 青空から降り注がれる太陽の日差しは木漏れ日で揺れていて、目の前には天使がいるような錯覚。


「……エレナ?」


 エレナなのか天使なのか分からない人物に膝枕をされていて、起き上がろうと身体に力を入れる。


「ヅッッ!!」


 激痛が走るというのを初めて体験した。


「あ、まだ安静にしていて。もう少し時間がかかるから」

「え……?」


 傷んだ肩を見ると歪に欠けている。ああそうだ、ここはエレナが喰っていた部分。

 目の前の人物は俺の肩に手をかざしていて、手から光があふれているのが見えた。


「ごめんね……テオを巻き込んじゃった……。私、天使病になっちゃったの」


 エレナの言葉を上手く理解できない。

 誤魔化すように顔を背けて辺りを見渡す。草原の木陰にいるのだと理解できたけど、どうしてこんなところにいるのだろうか。


「エレナは痛いところはないか?」

「……痛いよ」


 エレナは俺の肩にかざしてない方の手で胸をギュッと掴んでいる。


「そっか。なら治しに行かないとだな」

「無理だよ」

「無理じゃないだろ」

「天才のテオには分からないだろうけど、無理なことも世の中にはあるの」


 すごく苦しそうな顔をしてエレナは俺の肩に視線を送っている。

 俺も肩を見ると少しずつ元の形に戻っているのが分かった。


「エレナはいつも俺の隣にいてくれたよな」

「……幼馴染だから当然だよ」

「落ち込んだ時も、風邪を引いた時も、親父と喧嘩した時も、ずっと一緒にいてくれた。だから俺はなんでもできたんだ。理屈とか理由とかよく分からないけど、エレナが隣にいるなら無理なことは今までなかった。……だけど初めて何もできないことがあった」

「……天才なのに?」

「エレナが天使になっていく時、俺は何もできなかった。だけど今エレナは隣にいてくれてる。無理じゃないだろ?」

「……バカみたい」


 泣きそうになりながらも笑いかけてくれるエレナは世界一可愛い。


「赤点しかとれない人に言われたくない」


 俺は肩に添えるエレナの手を握りながら、つられて微笑んだ。


 木漏れ日を浴びながらいつものように他愛無い会話をする。だけどいつもとは違うのだと理解させられる。

 エレナは天使になったことで魔法を使えるようになった。

 俺の肩に治癒術を当て続けて、他愛無い会話をしていれば欠けていた肩は元通りになる。


「んで、天使病を治すには情報が必要だと思うんだ」

「情報?」

「俺たちのいた町は天使病に関する情報はない。それにここからなら隣町の方が近いから、まずはそこへ行って情報を集めるのがいい」

「……そうだよね」


 そもそもどうして草原にいるのかは分からないんだが、どちらにせよ町に行って少し休む時間も必要だ。

 エレナを休ませている間に俺が町で情報を集めるのが最初の目標。


「体調悪くなければ明るい内に行こう」


 俺は立ち上がってエレナに手を差し伸べる。


「うん、早く行こうっあッッ」


 エレナは俺の手を掴んで立ち上がったが、すぐにふらついて俺に寄り掛かった。


「……足、痛いのか?」

「ううん……でも骨折してるかも」

「なっ、なんで言わなかったんだ!?」

「あ、痛くはないよ! 治癒術かけたから大丈夫! 思ったように動かないだけなの」


 痛くないとかそういう問題ではないのだが。

 エレナは俺から離れて1人で立った。左足が少しふらついている。

 視線を合わせれば「大丈夫」だと微笑まれてしまって、エレナのその顔には俺は勝てない。


「少しでも異変があったらちゃんと言うこと」


 指切りをする代わりに、俺はエレナの左手を握る。


「うん!」


 握り返してくれた手をゆっくり引いて、隣町へ向かって歩いて行く。



 ◆◇◆



 日が暮れる前に町が見えてきて、エレナの手を握ったまま町の入口へ向かって行く。


「もうすぐ日が暮れるだろうし、今日は宿屋に泊まろう。情報は明日俺が探してくるから」

「テオ」


 エレナは急に立ち止まって、俺の手を離した。


「私、行けない」

「え、れな……?」


 振り向いて見えたエレナの顔は、口からよだれが垂れ続けていて、正常な目をしていない。

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