第5話 また「おはよう」と言えるかな

「抑えられなイ、の……私は、もぅすぐ、天使に飲ミ込まれる」

「それを治しに来たんだろ!」

「コなイで! もぅ、だめナの、食べたぃ、止まラなゐ」


 エレナは何も見ないように必死で手を動かして目を隠す。


「エレナ!!」


 俺はエレナに見てほしい。真っ暗な世界じゃなくて、俺がいる世界を。俺がエレナの天使病を絶対に治すから。


「ぁ……コロシテ」


 大きく口を開けて襲い掛かるエレナは、もう人間じゃない。


「そんな意見知らねぇんだ――」


 俺を喰おうとしたエレナに向かって何かが飛んで来た。

 エレナの額に刺さったそれはエレナの動きを鈍らせる。


「あんた死にてぇのか!? 天使なんか連れてきて何様のつもりだ!?」

「どかないとあんたごと殺してしまうよ!」


 町の入り口から弓を持った町人がエレナを狙っている。あいだにいる俺はエレナの額に刺さっている矢を見て目を見開いた。


「あんたらこそ何してんだ!? なんでエレナを殺そうとするんだよ!?」


 エレナを守るように町人へ向き合う。


「天使病のことを知らないのかい? 天使病になったら人間を喰う化け物になるんだよ。町が滅びたところもある。その前に殺すのが正しい治療法さ」

「……殺すことが治療法?」


 致死率100%って言う噂は、病気で死ぬわけじゃなくて、そうすることしか対策がないっていうのかよ。


「ァガッ!?」


 後ろから肩を噛まれて、町人が弓を構えるのが見えた。

 このままだと俺とエレナは弓矢に襲われて死ぬだろう。


「くッ、暴れんなバカエレナ!!」


 だから俺は背中に掴まって肩を噛むエレナをおぶる。

 制御が利かないのか暴れ続けているエレナをおぶったまま、町に背を向けて走り出す。

 同時に弓矢が飛んで来たけど、届かない距離まで走るのは簡単だ。

 矢が当たらないとは言ってないけど。


「矢より肩の方が痛いんだけどなッ!!」


 どこへ向かうのかは分からない。だけど1つ確信したのは、俺たちはもうどの町にも行けないということ。

 エレナが天使病になった時、俺は意識を失ってしまったから分からなかったけど、エレナは町の人々に襲われたのだろう。

 ここの町人と同じように、天使が化け物だと知ってしまったから。

 だからエレナは草原に逃げた。今度は俺がエレナを連れて逃げている。

 でも不思議と不安はない。

 幼馴染が俺の肩を噛んでいるからだろうな。


 草原を走っていれば限界が来て俺は倒れる。

 背中に乗ったままエレナは俺の肩を噛み続けていて、きっとまた欠けてるんだろうななんてぼんやりと思う。


「エレナ、そろそろ寝よう」


 エレナが不安で眠れない時によく子守唄を唄っていた。

 俺は9ヶ月お兄ちゃんなんだ。

 だからエレナが寝るまで唄ってやる。

 でも俺も眠いな。先に寝たらごめんな。



 ◆◇◆



 小鳥のさえずりのような音で俺は目を覚ます。

 熱い位の太陽の日差しを浴びて、草原の感触を背中に感じながらも、状況を理解するために少しずつ目を開けていく。

 身体の痛みはないけど重くて、ゆっくりと肩を触ってみるとちゃんと肩があった。

 問題はそれではない。エレナを探そうと俺は身体を起こす。


「うわっ!?」


 起き上がった瞬間に人の顔があったら声は出てしまう。それがエレナでないなら尚更。


「失礼な人~! この人が妹ちゃんの大切な人なんですか~? 妹ちゃん見る目ないですよ~?」

「お前、は……天使?」


 目の前の少女の背中からはピンクの翼が生えている。

 全体的にパステルピンクで覆われた少女の長い髪もパステルピンクだ。傾げた首と一緒に左右で揺れる。まだ子供だからかエレナと同じミニスカートから出る脚は可愛らしい。

 ってか妹ってエレナの事なのか?

 それだけじゃなく、聞きたいことは山ほどある。

 まずはどうやったら天使病を治せるかを聞こう。

 でも本物の天使が現れて安心してもう1度寝転がってしまいそうだ。


「ねえ、あなたムカつきますよ~」


 目の前の顔が小さくなって行ったのは一瞬だった。

 何故なら俺は飛ばされているからだ。

 ビンタってこんなに飛んでいくもんだっけ?


「テオ……」

「エレナっ! ナイスキャッチ?」


 俺は飛んで行った先にいたエレナの胸に収まった。

 エレナが無事なのか確認したいんだけど、エレナは俺を拘束するように抱きしめている。


「テオ、てオ、テォデォデオ゛デオ゛デオ゛デオ゛」


 エレナは俺を抱えて肩に口を付けた。どんだけ俺の肩が好きなんだ。肩に嫉妬しちまうぞ。


「エレナッ!!」


 いつもは優しく頭を撫でるんだけど、今のエレナには説教っぽく撫でた方がいい。

 単に強く抱きしめられているせいで力加減ができないだけなんだが。


「妹ちゃんはエレナちゃんって言うんですね~。乱暴な人間は食べつくしてしまうのが1番ですよ~」


 いつの間にか、俺の真後ろに移動してきたピンクの天使は、ケラケラと笑っている。


「ああでも、食べすぎは問題ですね~」


 面白そうな笑い声が背後から聞こえ続ける。

 エレナが震えながら俺の肩を噛もうとしていて、俺は安心させる様にエレナの頭を強く撫でる。


「そうだ、エレナちゃん、お母様に会いに行きましょう~」


 天使は俺の肩に手を乗せてエレナを見ているようだ。


「触んじゃねえ」


 俺はエレナを抱きしめるようにして、近付いてきた天使を睨む。


「そもそも、お前は……天使なのか?」


 天使は俺とエレナの顔が見えるように横に立って、俺を見下した。


「天使ですよ~。エレナちゃんと違って、純血の天使です~」


 そうやってケラケラと笑う顔は、天使と言うより、悪魔に見えた。

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