クソ田舎に全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが来るので妻の死体を消して貰う

床の下

やらなきゃいけないこと

 俺には三分以内にやらなければならないことがあった。


 隣村にどうも全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れがやってくるらしい。正直、それが冗談の類じゃない事を跪いて祈ったし、TVの航空映像を見て真実と知り床を拭く手を止めてガッツポーズをした。膨大なバッファローの群れ、それがクソ田舎を破壊して回っている。


 俺には三分以内にやらなければならないことがあった。


 その村に行き、俺は殺した妻を隠さないといけなかった。


―――


 妻との生活はまあ面白くもない物だった。お互い別に好きで結婚した感じではない。小さな村の小さな人間関係、その中で劇的でもない何処か決まりきった感じで20代で結婚して、そして離婚することも無く10年の時が過ぎた。


 事の発端は妻のちょっとした冗談だった。


『あー、こんな村出ていきたい』


 農機具を片付ける妻、下を見ている。顔は見えてない。


『分かる、俺だって仕事がなきゃさ…』


 農機具をしまう俺、下を見ている。どんな顔をしてたか覚えてない。


『…私は出来るけどね』


 私は?俺にだって出来る。何だ、その言い方は?きっと前日お互い畑の収穫で疲れていて気が立っていたのだろう。売ってもない売り言葉に買う必要もない買い言葉を繰り返しながら薄っすらと溜まっていた不満は爆発して近くにあった農機具で妻を殴り殺した。


 劇的でもないごく普通のつまらない、話にならない類の殺人であった。


―――


 妻だった死体を車に載せて俺はオンボロワゴンを走らせる。


 人に見つからないように慎重に動くつもりだったが村放送で村長邸に集合して下さいと散々鳴っていることからきっと村の人間は家にはいない。フルスロットルで駆け抜ける。じゃないと間に合わない。


 後、数分で隣村にバッファローがやってくる。


 そいつに妻の死体を踏み潰してもらう。そうすれば全部完璧。そんな異常事態でわざわざ正常な推理をするような奴はこの村にはいない。みんな脳が茹だってる。妻はバッファローを見に行ったんだとでもいえば良い。本当に解決だ。


 …冗談みたいな話だ。


 実は全て嘘で警察が隣村に待機している可能性だってある。でも、俺はそんな冗談に今真剣になっている。酷い汗、この夏の陽気のせいじゃない。俺は酷く興奮しているのだ。そう俺は劇的な何かを求めていた。


―――


 特別楽しい人生ではなかった。このあたりは顔なじみしかいないし、馬鹿でかい田んぼが広がるばかりのクソ田舎。何一つ変化はないし、やることと言えば村の寄り合いで酒を飲む事。この村を捨てて外に出たやつも沢山いたが俺はそんなふうになれなかった。


 俺は怖かったのだ。


 いざ村から出た時、俺は自分の足で未開の未来を切り開かねばならないのだ。だけどこの村にいれば退屈ながら生きていける。そして、そんな「出来たかも知れない」未来をぶつくさ呟きながら酒が飲めるのだ。この村の人間はみんなそうだ。


 妻だってそうだと思ってた。


―――


 そうか…俺は隣村だけ見据えてワゴンを走らせながら過去に思いを馳せてようやく気が付く。


 俺はあの時、妻に心を覗かれたような気分になったのだ。そして、妻は自分は違うと言いきったのだ。それが酷く腹立たしくて同時に羨ましかったのだ。


 俺はそう断言しない人生を選んだのから。


 ハハと酷く乾いた笑いが出る。自分のしょうもなさを再認識して俺は更に速度を上げる。もう時間はない。俺は目覚めたのだ。妻を殺して成長できた。田舎の土地を売っぱらってアパートでも借りてそこで何か始めよう。何をするかは具体的には決めてないがとにかく都会に出る。


 バッファローが突然現れる世界なのだ。きっと不可能なんて無い。隣の妻の死体に軽くお辞儀をする。彼女の死を無駄にしてはいけない。人は変われるのだ。


―――

 

 隣村に到着。


 そこはもぬけの殻であった。まあ、これから全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れがやってくるのだ。逃げるのが当然だろう。俺はワゴンを適当な場所に止めるとそのままその場を去ろうとする。煩いぐらいの地響きも聞こえている。もうそこまで来ているのだ。


「ブロロロロオオオオオオオオ」


 酷い爆音の中で最後の別れと俺はワゴンの方を振り向く。


 妻は起き上がって扉を開けていた。


「へ?」


 素っ頓狂な間抜けな声を出してしまう。現実が一気に押し寄せる。誰かに見られたらと見渡そうとするが人がいないのは確認済みだ。俺は急いでワゴンの方に向かう。一緒に処分する筈の鍬を取り出すとそのまま妻の頭部をぶん殴った。


 深く刺さったそれは致命の一撃で妻の目はグルッ白目になって空を見上げて倒れた。うっすら笑っていた気がする。最後まで俺を笑っている。もう一回殴ってやる…と意気込んでいると破壊音がする。


「ブロロロロオオオオオオオオ」


 無数のバッファローの群れは真っ黒な巨大な生き物に見えた。それは村の建物を全て踏み荒らしながらこちらにやってくる。俺は酷く興奮して少しずつ後ろに下がる。妻の死体が見えるギリギリの距離。あの女が消える瞬間をこの目で見たいのだ。そして…


「ブロロロロオオオオオオオオ………」


 …バッファローの群れが俺の前を通り過ぎた。


「よ、よっしゃ!!!!」 


 俺は絶叫と共にその場にうずくまる。群れが去った後に残ったのは瓦礫の山だった。死体も凶器も車も全部瓦礫の中、あとは家を売っぱらえばそれで全部解決だ。いや、ここは景気良く燃やしても良いかも知れない。どうせ二束三文だ。構わないだろう。


 そんな高揚は数分で覚める。ふとまだ爆音が続いている事に気付く。なんだと見上げる。


「ブロロロロロロロロ」


 報道のヘリコプターがあった。



















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クソ田舎に全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが来るので妻の死体を消して貰う 床の下 @iikuni98

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