第6話 どうやって笑えばいいんですか!
「詩織はさ、めちゃくちゃいいヤツなんだよ」
走行音のみが響く車内で、香織のつぶやきが響く。
「私が勉強教えてやるとな、スッゲー喜ぶんだ。それで、『将来はお姉ちゃんみたいな先生になる!』って言ってくるんだぜ? 私はただの高校生で別に成績がいいってわけじゃない。それに、教えたのは小学生の範囲だ。私じゃなくても、教えるくらいわけない。でも、詩織はいつも『お姉ちゃんすごい!』って言ってさ。私の後ついてきて、私の真似して、スッゲー可愛いんだ」
「……」
香織の話に、未来は相槌を打つことすら躊躇われる。
「いっつも、私が寝坊しそうな時は起こしてくれて。忘れ物した時なんか下手なくせに自転車で追いかけてきて渡してくれて。ほんと、私なんかよりよっぽどよくできた子なんだ。勉強も得意で、100点なんか何回も、取ってきて、その度に『お姉ちゃんのおかげ』とか、うっ、言って。詩織は、うぅ、詩織は将来、絶対に教師になれる。私はそう思う……ひっく、思ってた」
香織の声に、嗚咽が混じり始める。
「なのに……なのになんで、私より先にじまうんだよぉ! わだしが、私だけが死ねば、それで丸く収まるってのに! なのに……なのに、なんでぇ……あああああああぁぁぁぁぁぁ」
叫びは次第に消えていき、そこには静かに涙を流す香織がいた。
「香織さ――」
「教えてくれ」
未来が声をかけようとすると、それを遮る形で香織がそう口にする。
「詩織が……どう死んだのか教えてくれ」
「その、大丈夫なんですか?」
「ああ、やることは変わんねぇ。私がヤツを殺す」
「……わかりました」
香織は悍ましい不気味さを宿した目を未来へ向ける。未来は、その圧に負け詩織の最後を話し始める。
「これは、私が天界にいる同僚に調べてもらった情報です。詩織さんは、帰宅して数分後に空き巣が家に侵入。おそらく鍵をかけ忘れていたのでしょう。2階の自室にいた詩織さんは空き巣の存在に気づいていなかったようです。ランドセルを下ろした詩織さんは冷蔵庫へ飲み物を取るために一階へ、そこで空き巣と遭遇しました。家に誰もいないと思っていた空き巣は突然現れた詩織さんに半ば混乱した状態で斬りかかり、詩織さんは2階の、香織さんの部屋へ逃げ込みました」
「ッ!!」
それまで無言で話を聞いていた香織は、自分の部屋へ逃げ込んだと聞いて激しく動揺する。
「もう……いい……」
「……わかりました」
香織のその言葉に、未来は続きを話すのをやめる。
「どうして、私の妹のことを知ったんだ?」
「香織さんの持っていた写真を見て気が付いたんです。あの写真に写っていた子は香織さんの数分前に転生受付カウンターへ訪れた子と同じ子だと。その子の対応は同僚がやっていたので名前とかは覚えてなかったのですが、写真に写っていた姿に見覚えがあって、それで調べてもらったんです」
「そうか、ほんの数分のすれ違いだったのか」
「どんな来世がいいかと聞いた時、詩織さんは言ってました。『お姉ちゃんみたいに優しくてかっこいい人になりたい』と」
「……そうか」
「っ! 香織さん、血が……」
香織は苦悶の表情を浮かべながら拳を握り締める。握られた拳からは血が流れていた。
「止血しないと」
未来が止血しようと香織の手を取ったその時、電車が目的の駅へとついたことを知らせる。香織は、止血しようとする未来の手を避け電車を降りる。
「あ、待ってください!」
未来もすぐさまそのあとを追う。
改札を通ると、そこは小さなロータリーを備えた田舎とも都会とも言えない駅だった。香織は迷うことなく目的地、前世の自分の家へと歩みを進める。未来はその背中を追おうとし、そこで香織に止められる。
「未来はここまででいい」
「……え?」
「あとは私がヤツを殺すだけだ。未来の手助けなんてなくたってできるさ」
「でも……」
「今までありがとな、それじゃまたな」
香織は未来の返答を待たずに歩き出す。
「待ってください!」
そんな香織の歩みを、未来は抱き締めて止める。
「おい、これじゃ動けねぇだろ」
そう言って香織は未来を振り払おうと抵抗する。
「……わかってるんですよね?」
「何がだよ」
「このまま目的を達成したら、香織さんが消えてしまうということですよ!」
未来が香織にそう告げると、香織はぴくりと小さく体を振るわせ、抵抗するのをやめる。
「香織さんが妹さんを救ったら、その後に殺されるはずの前世の香織さんが殺されるという結果も無くなります! そしたら、今の転生した香織さんは消えてしまうのですよ!」
未来がそう訴えかけるも、香織からはなんの反応も返ってこない。
「……私、楽しかったんです。転生してから、香織さんに連れまわされて。色々なものを見て、触れて。どれも天界では経験できなかったものでした。初めて自然に笑えて、照れて、怒れて、自分の感情を表に出せた気がするんです! 今まで天界でそこそこ満たされた生活をしてきたと思っていたのが馬鹿らしいと思えるほど楽しいものでした!」
「そうかよ、じゃあこれからは色々体験してから天界に帰ったらいいんじゃないか? 私のことなんて忘れてさ、少し長めの休暇だと思って」
「できるわけないじゃないですか!」
「なんでだよ!」
「だって、さっき挙げたもの全部、香織さんが私に教えてくれたんですよ!」
気づけば未来は、涙を流していた。
「それだけじゃありません! 買い物をしている時だって、ドラマを見ている時だって、気が付いたら香織さんと一緒にいることを想像してたんです! 香織さんはもう私の生活の一部なんです! だから、だから!」
きっと天界にいた頃の未来では想像もできないような、切なく胸が締め付けられるような感情。
「あなたがいなかったら寂しいんですよ! あなたがいないと、私、この先、どうやって笑えばいいんですか!」
「……」
「はぁ……はぁ……」
未来は17年間胸の内で育ち、そして抱え続けていた感情を吐露し終える。
「悪い」
「あっ……」
しかし、香織は未来を振り解いて一歩前へ進む。
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