第5話 どうせ徹夜してそのまま朝になってたとかじゃないんですか?

「おはようございます、香織さん。今日は早いですね」


 香織が夜、部屋でナイフを持っていることを目撃してから数週間。毎朝香りを起こしにいく中、時折香織がすでに起きていることがあった。そして、その日の前の日の夜は決まって香織は深夜に何かをしている様子だった。


「おう、なんか早くに目が覚めちまってな」


 香織はそう答えるも、目の下にはくっきりと隈ができている。


「そんなこと言って、どうせ徹夜してそのまま朝になってたとかじゃないんですか?」


「なんのことだか」


「ふーん、そう言う態度ならいいでしょう。えいっ」


 未来は制服に着替える香織の肩をつかみ、壁へ押し付ける。


「今日は香織さんがなぜ転生してくれたか話してくれるまでずっとそばにいます」


「……それは、今日が転生してからちょうど17年だからか?」


 未来が香織と共に転生した日、今日はそれからちょうど17年後であり、その日でもある。


「はい。うちに来た時、ナイフを持っていたのは死ぬ直前までナイフを持っていたと言うことですよね?私、このまま香織さんを放置したらダメな気がするんです。なので、今日は香織さんを一日中見張ってます」


 本来なら転生者がその後どんな人生を歩むかはその人次第だ。それをサポートすることも、見届けることも転生課の仕事ではない。実際、未来は香織に巻き込まれる形で転生したのであり、香織が目的を達成さえすれば、いやそれを待たずとも自殺でもして天界へ帰ればいいのだ。しかし、未来個人の感情が、なんの根拠もなくそれを否定している。


「……お前ってさ」


「なんですか?」


「掛け声可愛いよな」


「はい!?」


「顔赤いぞ?」


「う、うるさいです!」


「ははっ」


 香織の予想外の言葉に未来は赤面して香織から距離を取る。ふと香織を見ると、今までに見たことないような、儚げで、どこか覚悟を決めたような顔をしていた。


「……わーったよ。今まで付き合わせたんだ、事情くらい話す。だけど少し時間がないんだ、移動しながら話す。今すぐ出れるか?」


「もちろんです」


「よし、ついて来い」


 そう言うと香織は、学校指定のカバンとは別のリュックサックを背負って部屋を出る。未来はそんな香織を追って香織の部屋を後にした。


 **


 どこから話せばいいか? あー、そうだな。まずは私の死因から話すか。


 17年前、いや。今日の午後三時ごろ、私は部活が休みだった私は少し早めに帰路についてたんだ。当時はラッキー程度に思ってたよ。家に帰ったらゲームしようかなってさ。


 でもな、家につくと違和感があったんだ、鍵が空いてた。初めは妹が先に帰ってきてたんだと思ったんだ。それで無警戒で家に入ってな。呑気に冷蔵庫からアイス漁ってた。そんな私の背中を、ヤツはナイフで刺したんだ。


 顔は見てない。でも、手元に宝石だったり時計だったりを持ってたのを見ると空き巣だったんだろうな。男だったと思う。私は空き巣に刺された。それで死んだ。私が未来のとこ尋ねた時にナイフを持ってたのは、空き巣に抵抗しようと台所から持ち出したものだな。ま、結局女子校生の筋力じゃなんの抵抗にもならずに、冷静を欠いた犯人に滅多刺しにされてお陀仏だ。


 それでだ、これから私がしようとしてることは、ここまで聞けば大体想像つくだろうが、その空き巣を殺しにいく。と言っても敵討ちじゃないぞ? 私が死んだあと、きっと妹が帰ってきてたはずだ。あのままだと空き巣と遭遇してどうなるか分からねぇ。だから、妹が空き巣とあっちまう前に私が空き巣を殺す。


 やるなら空き巣が私を滅多刺しにしているタイミングだ。私に夢中になっている間に私がヤツをぶっ殺す。お前の話じゃ、空き巣が前世の私を殺す前に空き巣を殺しちゃ、今の私が消えちまうんだろ?なら、ヤるなら私が確実に死ぬと確定したあとだ。私が、妹を守る。そのために私は転生したんだ。


 **


 街から逆方向へ走るガラガラの電車に揺られる中、未来は香織の話を聞き、そして口を閉ざしていた。そんな私の様子を気遣ってか、香織が飄々とした私に話しかける。


「ま、こんなとこか?これが私が転生した理由だ」


「……そうだったんですね」


「ああ、そうだ」


「……」


「……」


 しかし未来は、香織の気遣いなんて意に介さないかのように再び黙りこくってしまう。


「なあ、そんなに気を落とすなよ、別に私からしたらもう済んだことなんだからさ。これが終わっても私の人生はまだ続くんだ。駅に着くまで雑談でもしようぜ?」


「……」


 香織はそういうが、未来は口を開かない。


「なあってば」


「……」


 いや、言えるわけがなかった。背中に大量の冷や汗が流れるのを感じる。さすがの香織も私の様子がおかしいと言うことに気づき、心配しだす。


「なあ、何かあったのか? お前らしくないぞ?」


「……」


「よかったら私に言ってくれよ」


「……いいんですか?」


 その言葉を聞き、未来はようやく口を開く。自分の様子を見て安堵する香織を見て、未来は自身の狡さに嫌悪感を、そして吐き気を催していた。


「おう、今まで迷惑かけたんだ。なんでも言ってくれ」


「それじゃあ、質問ですけど……」


 そこまで言って未来は一度踏みとどまる。引き返すならここだ。知らなければ、香織は満足してくれるかもしれない。だが、もし空き巣を探して家の奥まで言ってしまったら。を見つけてしまったら。


「……香織さんの」


 未来は迷った結果、それを聞くことにした。


「香織さんの妹のお名前は、『早川 詩織はやかわ しおり』さんですか?」


「ん? おう、そうだぞ。お前、なんでそんなこと知ってるんだ?」


 もしかしたらただの同性かもしれない。そんな最後の期待を打ち砕かれた未来は、ようやく意を決する。


「……言いにくいのですが」

 

 胸が強く締め付けられる。これを伝えればおそらく香織は――


「『早川 詩織』さんは、香織さんの亡くなる十分前に、亡くなっています」

 

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