第4話 営業スマイルは受付の必須スキルです

「香織さん! 起きてください!」


 目の前でグースカ寝ている香織を揺する。時刻はすでに七時を回っており、そろそろ起きてくれなと遅刻してしまう。


「もうちょい寝かせて……」


「ダメですよ。早く起きて学校行かないとなんですから。全く、なんで私がこんなこと……えいっ!」


 布団に立てこもる香織を、未来は布団をひっぺがすことで対抗する。


「ん?あ、未来だ」


「未来だ、じゃないですよ。今すぐ着替えないと遅刻ですよ?」


「本当だ! やばい! 早く朝ごはん食べなきゃ!」


「菓子パンあるので学校ついてからにしてください」


 **


「それで、まだ話してくれないんですか?」


「ん? 何が?」


 昼休み、一緒に昼食を食べている香織にそう問いかける。


「転生してから後少しで17年ですよ? 巻き込まれたのですから、巻き込まれたなりに事情くらい教えてくれてもいいんじゃないですか?」


 香織に巻き込まれる形で転生してからもうすぐ17年。未来は早川香織改め、水野 香織みずの かおりの幼馴染として転生し、生活を送っていた。


「この体だって、用意するの大変だったんですよ?一家全員で無理心中した家の娘になりすまして、両親も生きてるってことにして、あなたの家の隣に引っ越して、いったい何人の天使に協力してもらっと思ってるんですか?」


「お前、結構エグいこと言ってるって自覚ある?」


 香織は、おそらくその天使の連絡先が入っているであろうスマホを弄ぶ未来へ若干引いた視線を向ける。


「それにこの体、羽が生えてないし重いしで動きにくいんですよ」


 未来の外見は日本人としておかしくないようにところどころ変化を加えられていたが、天界にいた時とほとんど変わらない。それに対し香りは、黒髪のウルフカットに猫目、170センチで細身で、運動部に入っているからかそれなりに筋力もある。前世とは外見が変化している。

 

「へー、そなんか」


「ちょっと! 少しは真面目に――ッ!!」


「おっと」


 まともに取り合わない香織にパンチでも一発入れてやろうかと未来は立ちあがろうとし、机に足を引っ掛け転びそうになる。すると、すぐさま香織が抱き留め、未来を支える。


「しっかりしろよ」


「あ、ありがとうございます」


「まあいつものことだからな。体が重いのってただの運動不足じゃないのか?」


「なっ!!」


「便利そうだから連れてきたけど、未来って、意外とポンコツだよな」


「勝手に連れてきといて、その言い方はひどくないですか!? 一瞬見直して損しました! と言うか、私は太ってません!」


「いや、別に太ってるとまでは言ってないが」


 助けてもらった事実と香織のあまりの言い分に、未来は顔を真っ赤にして怒る。


「ははっ、やっぱりお前、営業スマイルなんてはっつけてないでそれくらい感情表に出してた方がいいぞ?」


「営業スマイルは受付の必須スキルです」


「今は受付じゃなくて高校生だろ? 少しくらいはしゃいだらどうだ?」


「今だって仕事中です! あなたさえいなければこんなことにはなってなかったんですから、責任とってくださいね!」


「責任って、私にどうしろって言うんだよ」


「それは……」


「取れない責任押し付けられても困るね」


「ぐぐ……」


 そんな言い争いをしていると、チャイムが昼休みの終わりを告げる。


「もうそんな時間か。私、今日は部活あるから先に帰っていいぞ」


「言われなくとも先に帰りますよ、それじゃあ」


「おう」


 そんな短いやりとりをして、二人はそれぞれの席に戻った。


 **


「名作ドラマをリアタイで視聴できるのはなかなかいいものですね」


 夜、学校で出された課題を終え、家事も一通り終わらせた未来は家のテレビでドラマを視聴していた。内容は天界で見たものと同じだが、ネットの反応や俳優たちのコメントなどを見れることが未来を楽しませていた。


「今度、一緒に見ないか香織さんを誘ってみましょうか? ……いえ、あの人はドラマには興味なさそうですね」


 そんなことを考えながら窓の外を見ると、2階の窓、香織の部屋から光が漏れていることに気づく。


「おかしいですね、いつもはこの時間にはもう寝ているのに」


 不思議に思い、未来は香織の部屋を透視する。羽や光の輪など、目で見てすぐわかるものは無くなっておりそのおかげで体は重いが、その他のものはなんの障害もなく使うことができる。香織にいえばどうせ悪用させられると思い隠してきた力だ。そして体が重いのは決して太っているからではない。


「あれは……ナイフ?」


 香織の手に持っていたものを見て、17年前を思い出す。あの時は平和なはずの転生受付カウンターにナイフを持った彼女が現れて慌てたものだ。


「それにあっちは写真ですね。写っているのは……前世の香織さん?それにあっちは……」


 未来はナイフを持つ香織のすぐそばに置かれた写真に見覚えのある人物が写っていることに気づく。


「……念のため天界に確認をした方がいいかもしれませんね」


 未来はポケットからスマホを取り出し、同僚へ電話をかける。


「もしもし、叶さんですか?」


「せ、せんぱぁい。早く帰ってきてくださいよぉ。こっちは毎日大変で大変で」


「大袈裟ですね。地球と天界じゃ時間の流れが違うのですから、そっちじゃまだ二日たったくらいでしょう?私が有給を消化をしたらどうするつもりなんですか?」


「その時は私も有給を消化します」


「はぁ、まあ今はいいです。それよりも、調べて欲しいことがあるのですが――」


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