第2話 迷惑客は多少の無理は飲んでさっさと流すべきです

「おい!手が止まってるぞ!さっさとしろ!」


「は、はい! ただいま!!」


 未来の首元へナイフを突きつけた女性が、そう怒鳴りつける。

 この時未来は焦り、そして混乱していた。普段、この『転生受付カウンター』には基本的に犯罪者は来ない。善人は天国へ行き、悪人は地獄へ行く。ここはそのどちらへも行けなかった人間が訪れるカウンターなのだ。そのため、多少の迷惑客やクレーマーが訪れることはあれど、首にナイフを突きつけられるなどということは起こるはずがないのだ。そのことを未来は完全に忘れていた。


「お、お待たせいたしました、お客様。こちらでどうでしょうか?」


 未来は、新たに制作した転生のプランの書かれた契約書を彼女へ渡す。


「おい! 転生先が17年前ってどう言うことだ!? それに、赤子として転生って。私はこの体のままあの時間にいかなきゃならないんだ!」


「お、落ち着いてくださいお客様!」


 プランの内容を見た彼女は私に怒鳴りつけ、突きつけるナイフを強く握りしめる。未来はその様子を見て落ち着くように諭してから説明を始める。


「転生には色々と禁止事項があるのです!同じ世界へなら同じ体への転生はできません!私がしようとしても上に跳ねられてしまうのです!」


「……じゃあこっちの17年前ってのは?」


 未来の言い分を聞き、少し落ち着きを取り戻した彼女がそう問いかけてくる。


「こちらは予約状況の関係によるものです。基本的に、転生先は数年前から予約するもので、先数年は予約でいっぱいです。こちらの17年前というのはその中からキャンセルが出て空きとなったものです。通常は過去への転生はできないのですが、状況とお客様の意思次第では可能になっています」


「そうか、17年か……ちょっと待て」


 そう言って彼女は未来にナイフを突きつけたまま考え込み始める。首筋にナイフが当てられたままなことにヒヤヒヤとしながらも相手の返答を待つ。


「……おい」


「ひゃい!?」


「これは生まれる場所は選べるのか?」


「国なら選べますが」


「それなら日本にしろ」


「わ、わかりました」


 未来は彼女から受け取った契約書の出生地の欄に『日本』と書き込む。通常の転生ならもっと詳細に設定できるが、過去への転生の場合は空いている場所へ滑り込むことになるので自由度が低い。滅多にないことだが、日本への転生に空きがなければ日本を選ぶこともできないのだ。


「で、できました。それではこちらにサインをお願いします」


「ああ、わかった」


 彼女はナイフを持っていない方の手で契約書へサインをする。契約書には綺麗な字で『早川 香織はやかわ かおり』と書かれていた。ここで未来は、彼女に名前を聞いていないことを思い出した。


「香織さんっていうんですね。素敵な名前です」


「悪かったな、似合ってなくて。自分でもそう思ってるよ」


 未来の言葉に香織は渋い顔をしてそう返す。


「いえそういうわけでは……もし、お名前が気に入っていないのでしたら変える事もできますがどうしますか?姓は完全にランダムとなってしまうのですが」


 私がそう提案すると香織はしばらく考え込んだ後口を開く。


「いや、このままでいい」


「かしこまりました。ではこのお名前のまま処理しますね」


 そう言って私が最後にハンコを押す。

 

「こちらで契約完了となります」


「そうか、ありがとう」


 未来の言葉を聞くと、香織は未来の首へあてがっていたナイフをしまう。今まで感じていた不安や恐怖の原因がなくなったことに未来は思わず大きく息をつく。


 ナイフをしまい終えた香織は、それまで被っていたフードを外す。中から現れたのは切れ長な目と金髪のショートカットをしたモデルのような美しい顔だった。


「悪かったな、無茶言って。切羽詰まってたんだ」


「!?い、いえ。仕事の内ですので」


 先ほどまでとは一変した香織の態度に未来は驚きながらもそう返す。


(もしかして、思ってたよりいい人?というか、そもそもここに犯罪者は来るはずないし)


 未来は、ようやく冷静に回り出した頭で忘れていたことを思い出す。

 

(だとしたらこの人はなぜ脅しなんか……)


「おい!」


「ひゃい!?」


 考え込んでいた未来の耳元で香織が怒鳴る。突然耳元で大声を挙げられたことに驚いた未来は椅子から転げ落ちる。


「何してんだ、お前」


「あなたのせいじゃないですか!!」


「お、やっと張り付いてた営業スマイルが剥がれたな。そっちの方がいいぞ」


「何を勝手に――」


「そんなことよりもだ」


 驚かした挙句勝手なことを言う香織へ未来は反論をしようとし、またしてもそれを遮り香織が喋る。


「転生ってのはいつできるんだ?」


「……契約から数日以内には」


「ってことはいますぐすることもできるんだな?」


「まあ、物理的には可能ですが」


「よし、それなら今すぐ行くぞ」


「ちょっと、何勝手なこと言っているんですか?転生も順番待ちなんです!それに、実行は私の仕事では――」


「でも、できるんだろ?」


「まあ、装置の動かし方はわかりますが」


「なら今すぐにだ。どうせここもガラガラじゃねえか」


 私が転生させれることを聞いた香織は周囲を見回しながらそう言う。確かに受付カウンターは今ガラガラだ。


(よりにもよって今ガラガラじゃなくてもよかったのに)


 十数分前とは逆に、客がいないことを恨みながら未来は香織の要求に応える。


「わかりました。あなたを今すぐに転生させます」


「いいのか?」


「要求してきたのはあなたのほうでしょう? 全く。特例ですよ」


「案外話がわかるやつだな、天使って」


「うるさいですね」


(こういう迷惑客は多少の無理は飲んでさっさと流すべきです)


 そう頭の中で悪態を吐きながらも未来は淡々と転生の準備を続ける。


「では、こちらのお部屋へどうぞ」


「おう!」

 

 一通り準備の終わった未来は香織を装置のある部屋へと招く。


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