第48話

 生徒たちから揉みくちゃにされるも何とか無事に終えた監督初日。

 昼間に入ったころは少しばかり席の配置が動いて輪飾りが作られている程度だった教室が、今はあっと言う間にそれらしい形になりつつあった。

 

 質素なカーテンは外されて、何処から持ってきたのかメルヘンなものに変更されている。

 上を見上げれば、私たちが作った輪飾りを吊り下げられて賑やかな様相になっていた。

 明日は生徒たちの持ち込みでキッチンクロスが机に掛けられて、飲食店らしい席の見た目に近づけるのだとか。

 とにかく節々からイベントごとに駆ける生徒たちの熱量の高さを感じさせられる。きっと、まだまだクオリティを上げるためにやりたいことは沢山あるのだろう。なにせ三年生である彼ら彼女らにとって、これが学校で実施される最大にして最後の行事になるのだから。

 とはいえ、残念なことに時間には限りというものがある。

 

「皆さん、そろそろ完全下校時間です。やり残していることもあるでしょうか、また明日にしてくださいね」

「うわっ、もうそんなに時間たってたかー!」

「やっべ、俺の作業予定より遅れちまってるわ……すまん!」

「メニュー表全部手作りはやっぱきつくねーか!? 印刷機使おうぜ!」


 生徒たちがワイワイと話し始める。

 邪魔をするのも忍びないけれど、哀しいかなそれが私の仕事。

 手を叩いて注目を集めつつ、再度生徒たちに帰宅を促す。


「ほらほら、皆さん早く帰ってください!」

「「「はーい」」」


 息ピッタリな生徒たちに思わず表情が綻んでしまう。

 生徒たちが続々と教室から出て行くの見送りつつ、私も帰宅準備をする。


 

 学校を出た頃には、もう時刻は19時半を越えていた。

 ついさっきまで賑やかだった学校は、灯が消えて物静かだ。

 それでも、学校の至る所に置かれている作りかけの看板やら装飾品が見て取れて、祭り前の高揚を感じられる。

 

「なんだか感慨深い気分にさせられますね……」

「あれ、何してるんですか三波先生」


 校門の前に突っ立って独り言をつぶやいていると、同僚から声を掛けられる。

 リホさんのクラスの担任――岸田先生だ。そして、その隣には原田先生がいる。


 もしかして、二人に独り言を聞かれてしまっただろうか……。

 だとしてら恥ずかしい。


「お疲れ様です、三波先生」

「あ、はい、お疲れ様です」

「いやー、丁度いいタイミングでした」

 

 何か良いことでもあったのだろうか。

 挨拶をしてくれた原田先生は柔らかい表情を浮かべている。

 岸田先生もニコニコしているけど……そちらはいつものことだ。

 

 それにしても、岸田先生の言う『丁度良い』とはいったい何のことでしょう……?

 

「ああ、なるほど。たしかに良い眺めですね」


 いつの間にやら私の隣に立って学校の方を向いている岸田先生。

 彼はうんうんと頷いてた。


「たしかに、生徒たちが頑張って準備しているのを間近で見ていると、こういうちょっとした光景も感慨深いですね」

「あはは……そうですね……」


 やっぱり独り言は聞かれていたらしい。

 恥ずかしい気分になりつつ、岸田先生の言葉に同意していると、グイッと強く私の腕が引かれた。


「わわっ」

「すみません……」


 犯人は原田先生だ。全く申し訳ないと持っていなそうな、どこか拗ねた顔で謝ってくる。なにやら珍しい反応だ。


「ど、どうしたんですか?」

「いいえ、何も」


 珍しいくツーンとした表情。返事もやたら淡白だ。

 

「ハハハ、原田先生は三波先生のファンですからね。僕が近づき過ぎて怒らせたようです。すみません」

「きっ、岸田先生っ⁈」

「皆気付いてますよ、原田先生は何かと三波先生を視線で追っていますからね」

「わああああ! や、やめてください!」


 そんな噂が立っているのか……。

 言われてみれば、たしかに話すことはなくてもやたら原田先生と視線が合う事はあった。

 でも、彼女が私を気に掛ける理由はファンだとかそういう理由ではない気がする。

 

 夏休みのカミングアウト。私が同性愛者であることを、彼女は知っている。

 そのことで何か思うところがあるのかもしれない。それが意識的にせよ、無意識的にせよ……。


「岸田先生、原田先生を虐めてはダメですよ」

「おっと、そうですね。可愛い後輩に嫌われたら一大事です」

「ハァ……」


 楽しそうに笑う岸田先生と、困ったように溜息を吐く原田先生。

 話したことが殆どないと聞いていた割に、二人の仲は良好そうだ。


「お二人は一緒に帰る所ですか?」

「いえいえ、たまたま職員室から出るタイミングが重なっただけですよ。あと、原田先生から有難い提案を受けまして」

「提案?」

「ええ、僕のクラスの監督官を手伝いたいと」


 あれ? それはもう私がやっているのだけど……?


「岸田先生のクラスは飲食系で監督官の仕事はやることが多いって聞いて……」

「あ、ああ、なるほど……」

「いきなり引き受けていただいた三波先生一人では大変だと思っていたんですよ。だから、明日から三波先生の手伝いについて貰うことになって……。だから、その話をするのになと」

 

 そういうことだったか……。

 たしかに料理を提供するクラスの管理は大変だ。食材の消費期限だったり、アレルギーの注意書きだったり。なにかと気にすることは多い。

 それに加えてコスプレ喫茶とあっては、当日もおかしな輩が生徒に手を出さないか警戒を怠らなくてはならないから、正直人手が増えるのはありがたい。


「そ、そういうことですので、よろしくお願いします」


 なにやら畏まった態度で私に頭を下げる原田先生。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 私も彼女に倣って丁寧にお辞儀をする。


「アハハ、やっぱり二人は相性が良さそうですね。これなら僕もサッカー部の方に安心して専念できます。よろしくお願いしますね、原田先生、三波先生」


 そんな岸田先生の言葉で締めくくられると、私たちはそれぞれの帰路に着く。

 なにやら今年に学園祭は賑やかになりそうだと、私はそんなことを思いながら行きつけのコンビニでビールとお弁当を買って家に帰るのであった。


 こうして、非日常と日常を往復する一日目が終わる。

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