第46話

「アハハ……そういうことでしたか」

「いやぁ、一人だけ楽をしようとしていた罰が下ったんでしょうね。まさかこうなってしまうとは……」


 一ヶ月以上話をしていなかったけど、一度話題を見つけてしまえば案外なんてことはない。

 私は自分が監督官になった経緯を偽りなく原田先生に伝えると彼女は何かホッとしたような顔で笑っていた。

 呆れられてしまうかと思ったけれど、なんでだか彼女は嬉しそうだ。


「なんだか嬉しそうですね原田先生。私の失敗談がそんなに面白いですか?」


 私はつい意地悪な質問をしてしまった。

 

「フフッ、そうかもしれません」

「えぇ」


 慌てて否定する原田先生を想像していたのだけれど、思わぬ返しに驚いてしまう。


「前にも言ったと思いますけど、三波先生は何でも一人で熟してしまう人に見えていたので。意外と普通なんだなって。それが分かってちょっと嬉しいです」


 その『普通』という言葉にはどんな意味が込められてるのだろうか。

 誉め言葉ではなさそうだ。

 でも、彼女の表情からして私を馬鹿にしようだとかそういう意図がないことは分かる。


 私もおかしな憧れを持たれてしまうとプレッシャーになるから、早々に誤解が解けたようで何よりと思う事にする。

 

「前にも失敗談を話したと思いますけどね」

「あの時は、私を慰めるために冗談を言ってくれたのかと……」

「他の方に聞いてみればよかったのに」

「それは流石に憚られると言いますか……」


 まぁ、そりゃあそうか。

 先輩の失敗談を聞いて回るというのはそれはそれで、ハードルが高い。

 何より原田先生の性格的にそんなことはできなさそうだ。

 彼女は如何にも人の嫌がることを自分がしてしまうことを嫌うタイプに見える。

 実際そうなのだろう。

 

「あれもちゃんと本当の話ですよ」

「そうなんですね……って、すみません、引き留めてしまって」


 なんとなく雑談を続けてしまっていたけれど、原田先生は私がクラスへ向かう途中だったことを思い出して謝罪してきた。

 こちらから話を広げてしまったのだから気にしないで欲しい。

 

「ああ、いえいえ、大丈夫ですよ。むしろ、久しぶりに話せてよかったです」

「…………はい、私も」


 ちょっとだけスッキリしような、それでいて寂しそうな顔をしてから彼女は一言を付け加える。


「色々と整理ができました」

「整理?」

「なんでもないです。……手伝えることがあれば言ってくださいね、三波先生」


 原田先生が何を考えていたのかは分からない。

 けれど、晴れやかな彼女を見て、きっと悪い事ではないのだろうと思う。


「はい、じゃあ私はこれで」


 小さく頭を下げると、私はリホさんのクラスへと歩き出す。

 放課後の廊下はいつもとは違う賑やかさがある。

 生徒たちの話し声が、私の雑念を吹き飛ばす。


 さぁ、引き受けたからにはしっかり仕事をしよう。

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