第39話

 リホさんは、私の言葉に答えるのが難しかったようで黙りこくってしまった。

 私も、今彼女に掛けるべき言葉がわからなくて何も口にできない。

 暫くそうしているうち、段々と時間が止まってしまったような錯覚にまで陥る。


「ハルさんが怖いんじゃないよ……。恋愛ってもの、それ自体に生理的な恐怖を感じてるっていうか…………」

 

 ――先に時を動かしたのは、リホさんだった。

 彼女は自分の身を抱くようにして言う。


「でも、結局あたしも誰かを好きになるんだ」


 人を好きになる理由なんて本能的なもの。理屈とはかけ離れた生理的な何か。

 その衝動は突然にやってきて、同じように突然終わったりもする。

 曖昧な感情の発露。

 たぶん、意識して制御できようなものじゃない。


「ねぇ、ハルさんは、――三波千晴は私の何処を好きになったの?」

 

 純粋な彼女の言葉は私を迷わせる。

 何を言うべきか分からない。


 でも――――。


「笑った顔がヒマワリみたいに可愛らしいところ。私の話を聞くとき、楽しそうにしてくれるところ。料理が上手なところ。ふとした時に私の手に触れてくれるところ。連絡がマメなところ。嫉妬してくれるところ。冷たいお茶でも癖でフーフーしちゃうところ。いつもお風呂上りみたいな良い匂いがするところ。あとは、……一人で抱え込んでウジウジして面倒くさいところ、とか。……要するに、全部です。」

 

 言うべきことではなく、言いたいことを口にした。思ったこと全部、一気に。

 そうだ、私は彼女の笑顔が好きで、一緒に居ると幸せで、たぶんこれが私の『恋』という形だ。


 リホさんは私の言葉に顔を赤くしたりちょっとムッとしたり。

 表情を忙しく変えていた。


「な、なんか偶に恥ずかしいところと悪口が入ってたね……」

「いろんなリホさんが好きなんですよ」

「そ、そんなんじゃ誤魔化されてあげないんだから」


 照れているリホさんを見て私はつい口角が上がってしまう。

 普段は何かと余裕のある態度だからこそ、たまに彼女が見せる素の反応が可愛く感じる。

 

「リホさん、好きですよ」

「ハルさんって結構遠慮がないよね。人が真剣に悩んでるって言うのに」

「自覚はありますけど、多少強引に行かないとリホさんはガードが堅そうなので」

「ハルさんの攻めが強すぎるから、あたしのガードが堅くなるんだよ……」


 なるほど。そういう考え方はなかった……。

 真面目な話をしていたはずなのに、気づけばいつも通りの空気が場に流れていた。

 少し前まで支配していた緊張感が弛緩していく。


 今ならいいだろうか。

 もう誤魔化しなく、素直な彼女の気持ちを聞きたい。


「リホさんは、私のどんなところを好いてくれていますか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る