第38話

「あたしが中学へ入る少し前に、お父さんが不倫してさ。なんか、会社の後輩だかなんだかって言ってたと思うけど……。とにかく、母さんを裏切って父さんは別の女性を好きになったんだって……」


 なんとなく予想はしていた。

 家族の話をしたがらないリホさんを見ていれば、親に何かしらの問題があることは明白だ。

 色々な可能性はあるけれど、子供が親と疎遠になる一番分かりやすい理由は離婚だろう。

 もっと酷いケースで考えれば、ネグレクトとか死別という線もあるだろうか。何にしても気分の良い話ではない。

 

「そんな話をする数日前はさ、家族三人で遊園地に行って遊んだりしてたんだよ? それが、急にわけわかんない話し始めて。気づいたら一家離散ってやつ?」

 

 リホさんは自分の家庭について、ただ滔々と話す。そこに悲しさはもう無かった。

 疾うに過ぎ去った、どうしようもない過去の出来事を記憶から辿っているだけ。

 そんな無機質さが滲み出ていた。


 私は相槌を打つことも出来ず、ただ彼女の次の言葉を待つ。

 

「母さんは何でか父さんだけじゃなくて、私も嫌いになっちゃったみたい。今はもう会いもしてくれない。そもそも、どこに居るかも知らない状態なんだ。父さんの方は、私に養育費だけ払って、新しい家族と楽しく暮らしてるんだと思う。あっちに関しては、あたしの方が会いたくなくて……」


 だから、彼女は人からの好意を受け入れるのが怖いのだろう。いつか唐突にやってくる終わりを知っているから。

 そして、彼女は自分が人を好きになることも忌避している。恋愛感情が人を狂わせることを知っているから。

 

 影響を受けやすい思春期にそんな理不尽を経験すれば、誰だってそうなり得る。

 これは特別な話ではないのかもしれない。どこかの誰かにとっては当たり前に起こった過去なのかもしれない。

 それでも、家庭不和とは無縁の環境で育った私からすれば、小説の中の出来後のようで実感がない。


「中学出るまでは伯母さん――母さんのお姉さんの家に住んでた。ウチの高校は伯母さんの家から遠くって、今は知っての通りここに引っ越したけど。……まあ、昔の話はそんな感じかな」


 聞いているだけで胃もたれしそうだった。

 最低の気分だ。

 

 彼女は、私のおかげで前に進めたと言った。でも、私は彼女に何をしてあげられただろう。

 ただ一方的に好意を向けただけ。思いのままに、直情的に、彼女に告白をして……。

 それは、彼女が最も恐れる『恋』の類じゃないのだろうか。


 思わず、聞いてしまった。


「リホさんは、私のことが怖いんですね……」


 ずっと感じていた、彼女の心の裏側を――。

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