第37話
家に帰り着いてみれば、リホさんはやたらソワソワしていた。
いつもなら買い物が済めばテキパキと料理が始まるのだけれど、今日のリホさんは冷蔵庫に買ったものを全て突っ込んで椅子に座っている。
一方で私は、いつも通り彼女のお茶を用意していた。おそらく、リホさんにとって大切な話が始まるだろうから。
緊張するときは喉が渇くものだ。
「どうぞ……。って、家主に言うと変ですかね、ふふっ」
リホさんの前にコップを置くと、自分の言葉がおかしくてつい笑ってしまった。
そんな私を見て、リホさんも相好崩す。
「ははっ……。別に、もうそんなの気にしなくっていいのに」
彼女はそう言うと、コップを持ってグイッと一気に呷った。
豪快な飲みっぷりに私は、「冷たいのにしてよかった」なんて場違いな独り言が漏れる。
飲み切ったリホさんはガラスを置くと、息を吐いて切り出した。
「ふぅー……。あのね、ハルさん。私、……実は薫ちゃんに告白したんだ」
多分まだ話の途中なのだろうけれど、既に脳が破壊されそうだ……。
私は深く追求せず、次の言葉を催促する。
「えっと…………それで?」
流石にこれで二人が付き合うことになったとか言い出したら失神する自信があるけれど、そういう話ではないことは予想が付いている。
「うん。薫ちゃんには、やっぱりお断りされちゃった……へへっ。ま、告白って言っても、『昔好きだったんだー』って感じだけどね。今は、まあ…………ね?」
頬を赤らめてこちらを見ながら、「ね?」とか言われても困る。
私も、彼女の言いたいことが分からないほど鈍くはないけれど……。
それにしても、やっぱりリホさんは話の順番が結論ありき過ぎて怖い。
「……おほん。えぇっと、どうして急にそんなことを? とか、聞いてもいいですか?」
「うん。あのね、ハルさんに仲介してもらって薫ちゃんと仲直りした後で、色々考えることがあってさ。たしかに、私たちの関係は元に戻れたけど、でもだけじゃ私が前に進めないなって思って……」
ただ昔のように二人が気軽に話す関係に戻っただけでは、リホさんにとって何かが不足していたらしい。
彼女が嘗て薫さんとの話し合いで力強く言い放った「決着をつける」という言葉の通り、彼女は過去の気持ちに完全に折り合いを付けたかったのかもしれない。
「それで昔の気持ちの告白ですか……思い切りが良すぎですよ」
「あはは、自分でも吃驚……。でも、ハルさんのおかげだよ」
「私の? なんのことです?」
これはリホさん自身が決断して、勇気をもって行動したという話だ。
私なんて一切関与していないはず。実際、私は相談に乗ったわけでもなく、今初めてこの話を聞いたのだから。
「人から好かれるっていうのは、悪い気持ちになるものではないんだなって、ハルさんが思わせてくれたから…………。あのね、ハルさん。私、人を好きになったり好かれたりすることが、気持ち悪かったの……」
どうやら彼女の大切な話はまだまだ続くらしいことが分かった。
自分のお茶も用意すればよかったと後悔する。
――私はとても喉が渇いているから。
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