第36話

 考えてみれば、私がリホさんに想いを寄せていていることは既にこの場の全員の共通認識だ。

 あの時はまだリホさんに想いを伝えていなかったから、本人に知られてはいけない内容だった。

 でも、今はもう違う。リホさんは私の気持ちに気づいてくれている。

 なら、このまま薫さんとの出来事を下手に隠した方が、リホさんに無駄なストレスを掛けてしまうのでは……?

 

「あの、薫さん、リホさんに話しても良いですか?」

「はっ⁉ むしろ、三波さんがいいんですか……?」


 薫さんは私の言葉で驚いた顔になる。

 当然か。彼女は私がリホさんに想いを伝えたことを知らない。

 

「実は、リホさんご本人には…………もう……」


 薫さんはハッとした顔で私とリホさんを交互に見る。

 そうした後、彼女は両手で口元を抑えて固まってしまった。


「ちょ、ちょっと待って。何の話?」


 リホさんも突然に自分の名前が出てきて困惑気味だ。

 やっぱり、変に誤魔化さないでしっかり話をしよう。

 私は、いつだってそいういうやり方で正面突破してきた。

 

 とはいえ、ここは往来。あまり大きな声で話せたことじゃない。

 私はそっとリホさんへ耳打ちする。

 

「(ごめんなさい。薫さんに、私がリホさんを好きだってバレてしまいました)」


 ド直球に伝えると、リホさんは顔がみるみる赤く染まる。

 あれ、なんでリホさんがそんな反応……?


「かっ、薫ちゃん⁈ あ、あの話……!」

「してないっ! してないよっ! 前に三波さんと二人で会った時、私が早とちりして三波さんに変な事言っちゃって……」


 どうにも、この二人も私に言っていない何かがあるらしい。

 そういえば以前に薫さんが、リホさんがどうとか言っていた。


「あの、変に拗れてしまいそうな気がするので、一旦落ち着いて後日ゆっくり話をしませんか? お二人がよければですけど……」

「わ、私は賛成です! そうしよう、ね?」


 どうにも一番テンパっているリホさんへ向けて薫さんが合意を取ろうとする。

 薫さんは割と冷静さを取り戻してるらしい。

 残るはリホさんだけなのだけれど――――。


「い、いや、あたしは…………」


 リホさんはいつもの余裕を感じさせる態度を完全に消失している。

 いったい何だというのか……。


「えっと、リホさん?」


 私が彼女の名前を呼ぶとビクッと肩を震わせる。

 そんな反応をされるとちょっと傷つく。

 どうしたものか困っていると、薫さんから何やら助け船が出た。

 

「里穂ちゃん、三波さんとしっかり話さなきゃダメだよ。私が邪魔なら二人で話すだけでいいから……ね?」


 いったい何の話をしているのだろうか。私も困惑してきている。

 しかし、薫さんのそんな言葉にリホさんは小さく頷きを返した。

 今の短いやり取りで二人の間では何か話が纏まったらしい。


「よしっ! 私はもう行きますね。二人の話は、二人でしてください。私はあとから聞ければいいので。それじゃあ、また!」


 一人だけ色々とスッキリした顔になってしまった薫さんは流れるように去っていく。

 取り残された私とリホさんは、秋の強い風に晒されるのだった。

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