第31話
二学期初出勤を終えて家に帰り着くと、時刻は20時を過ぎていた。
夏休み中も仕事をしていたのだけれど、久しぶりともなるとやはり違った疲れがある。
数日前、リホさんの為に手料理を振舞い料理の楽しさに気づいたものの、やはり仕事終わりに自分の為に作ろうとは考えられなかった。
そんなわけで、私の晩御飯はいつものアレだ。
「コンビニ弁当にビール。なんだか久しぶりな気がしますねぇ」
帰り道は自然とコンビニに足が向いていた。やはり、リホさんの家で食べられないとなれば、私の行く先なんて決まっている。
私は迷わずハンバーグ弁当とビールを取って会計を済ませた。
一人で食べる食事は少し寂しいけれど、仕事終わりの楽しみというのはそう薄れる者でもない。
――プシュッ。
缶を開ければ、炭酸の抜ける良い音が部屋に響く。
私は冷えたそれを喉に流し込んで一日の疲れを癒した。
「あー、やっぱりこれはこれでいい! ビールが美味ーい!」
リホさんも居ないので一人ではっちゃける私。
これが独身貴族というものだ。
このままウォッチリストへ入れまくったホラー映画を見てしまおうか……。
そんな考えまで頭に過る。
「でも、流石に……」
昨日、リホさんとホラー映画を見た後、家に帰ると妙に落ち着かなかった。
お風呂に入ったりすると、後ろが気になってしょうがないのだ。
ホラー映画は一人になってからが怖い。
でも、私は鑑賞後のあの余韻が既に癖になってしまっている……。
これまで理解できなかったホラージャンキーの心理を、私は完全に把握していた。
「り、リホさんと通話しながら見ようかな……」
自然と携帯に手が伸びていた。
『リホさん、お話ししませんか? 通話で』
気が急いた私は、彼女をにメッセージを送る。
ご飯を食べながら返事を待っていると、メッセージではなくて通話が掛かってきた。
「こんばんは、リホさん」
『ハルさんおつかれさまー。丁度良かったよ、私も今日のことで話したかったんだ』
今日の事と言うと、私の服装の事だろうか。
その件は既に終わったもの思っていたけれど……。
「えっと、明日はリホさんに言われた通りカーディガンでも羽織ろうかと思ってますが……」
『そもそもスーツじゃダメなの?』
「職員内で不評でして」
『……このままじゃハルさんが学園のアイドルになっちゃうよ』
何を大袈裟な事を言ってるのか。
学園のアイドルはリホさんだろうに。
そもそも25歳で学園のアイドルとか、とんでもなく恥ずかしいことを言わないで欲しい。
想像しただけで羞恥心が爆発しそうだ。
「勘弁してくださいよ。そんな恥ずかしい称号」
正に学園のアイドルと呼ばれているリホさんに対する言葉ではなかったかもしれない……。
いや、リホさんの場合は見合った称号だから恥ずかしくもないか。
『割と真面目な話のつもりなんだけど……。今日のクラスはハルさんのことで持ちきりだったんだよ?』
「いつもと格好が違ったから、少し話題になっただけですよ。皆さん数日もすれば慣れます」
『……それで済んだらいいけどね。ホント、気を付けて。周りからの評価って、自己評価と釣り合わないことが多いから…………』
茶化すような感じもなく、リホさんから私へ念を込めるように忠告される。
非常に実感のある言葉だ。
リホさん自身も、周囲からの評価に困った経験が多分にあるのだろうか?
だとしたら、私も彼女を困らせてしまっているのかもしれない。
私の彼女への評価は常に最高得点を更新し続けているから――。
そんなリホさんからの言葉だ。私は素直に彼女の警告を受け取った。
「わかりました。とりあえず、服装にはもう少し気を使いますね」
『そうしてくれると、あたしも少しは安心できるよ……』
スーツをやめただけで、こうも反響があるとは思ってもみなかった。
慣れないことをするものではない、そうこうことなのだろうか。
自分たちからスーツをやめた方が良いと言い出した同僚たちですら、私の格好に驚いた顔をしたのだ。
もともと余所余所しかった態度が、若干悪化していたような気さえする。
酷い話だ。
そんなことを思った私は、ふと頭に過った不安を言葉にする。
「ちなみに、シンプルに服が似合ってなかったってことは…………」
『ない!』
力強いお返事が聞けて嬉しゅうございます……。
「じゃあ、リホさんとデートするときは、ああいう服を選びますね」
『そ、それはダメ……』
似合っていると言う割に、私があの服を着ることには否定的なリホさん。
どうして、そんなに嫌がるのだろうか?
私が素直にそう聞けば、リホさんからは可愛らしい回答があった。
『だって、……他の人に綺麗なハルさんを見られたくないから』
ここ数日、リホさんのデレが激しくて困る。
リホさんの言葉に一々ドギマギさせられるこちらの身にもなって欲しい。
思わず本音も漏れるというものだ。
「ハァァ…………
『……い、今、なんか言った?』
「いえ、
私は、そんな下らないダジャレを言ってしまうのだった。
月見をするにはまだ早い。
そんな秋の始まりの日のお話。
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