第30話

 夏休み明け初日の学校。久しぶりに着る制服はちょっと窮屈だ。


「あ、里穂! おはよー!」


 間近に見えてきた学校を目指して歩いていると、後ろからクラスメイトに声を掛けられる。

 彼女――吉村よしむら あかりは夏休み前に比べてだいぶ日焼けしていた。

 

「おはよー! 灯、だいぶ肌が焼けたね」

「部活は引退したんだけど外を走る癖が抜けなくてねぇ。毎日ランニングしてたら焼けちゃった」


 小麦色に焼けた腕を私に見せて彼女はニシシと笑う。

 如何にもスポーツ少女然としている彼女は、健全な女子高生を体現しているようだ。

 溌剌として裏表がない彼女といると、自分とは対称的な存在であるような気がして羨ましくなる。

 私は、裏表があって陰気な性格をしているから……。

 

「里穂は夏休み中、元気してた?」


 どこか少しだけ心配した感じを滲ませてつつ、灯は私に夏休み中の様子を尋ねてきた。

 夏休み前、ずる休みをした件もあって彼女は何かと私を心配してくれているのだろう。

 

 何があったのか、本当の事を言えるはずもない私は、休んだ理由を適当に誤魔化してしまったから、余計に心配させているのかもしれない。

 未だに気を使わせているようで申し訳なくなった。

 今はとにかく、なんでも無いように振舞って彼女を安心させたい。

 

「ずる休みしたせいで前半は学校で補講だったよー。夏休みなのにマジで大変だった」

「うっわ最悪じゃん! でも里穂の自業自得だ、はっはっは!」


 彼女の言うとおり、自業自得だ。

 でも、最悪なんてことは無かった。

 補講は大変だったけど、教室でハルさんと二人きりの時間は心地よかった。

 あの時間は私の中で大切な思い出として残っている。

 

 

 その後も灯と雑談をしつつ校門に近づくと、なにか小さな人垣ができていた。

 友人たちとの久しぶりの再会で立ち話に華を咲かせているのかと思えば、皆の視線は一点を捉えている。

 気になって彼らの視線の先を追ってみれば――――。


「え゛」


 私の口から思わず変な声が漏れ出る。


 そこには、ハルさんが居た。

 ウチの学校の教師たちは持ち回りで校門の開閉や生徒たちへの挨拶運動をしている。

 今日はハルさんが駆り出されたらしい。それ自体はおかしなことじゃない。


 問題はハルさんの格好にある。

 彼女はそれまでスーツ姿が校内でのトレンドマークになっていたはずなのだけど、何故かカジュアルな服装になってる。

 下はパンツからロングスカートになり、上はいつもジャケットで隠れていた胸のふくらみが分かるような服に。

 露出が多くてはしたない格好とは言えないのだけれど、これまでとのギャップが大きすぎる。

 今の服装は、あまり周知されていなかった彼女の綺麗なプロポーションがありありと表れていた。


「三波先生、胸デカ……」

「いいな、三波先生……」

 

 人垣の中のバカな男子生徒たちから呟きが聞こえてくる。


 ――見てんじゃねぇよ……。

 

「ちょ、里穂……顔が怖い……」


 隣から聞こえる灯の声にハッとすれば、彼女は私に戸惑った表情を向けていた。


「どうかしたの急に?」

「ああ、いや……。あ~、なんか考え事しちゃってた。ごめんね」


 何も言い訳が出てこず適当に流そうとするも、灯は訝し気だ。

 それでも、優しい彼女は深く追求することない。


「……ま、いいけどさ。にしても人が集まってるねぇ。何かあるのかな?」


 彼女はまだ校門前の三波先生に気づいていないらしい。

 そのまま気づかないことを願う。今、ハルさんの話題になった私からボロが出そうだから。


「なんだろうねぇ、久しぶりの再会で立ち話が捗ってるんじゃない? それより、あたし夏休み中にホラー映画を見て――――」

「おはようございます!」


 そのまま、何食わぬ顔でハルさんをスルーして校門を通過したかったのだけれど、無常には笑顔のハルさんは私たちにも挨拶を送ってきた。

 挨拶運動をしているのだから、当然だ。

 

 無視するわけにもいかない、私はハルさんに挨拶を返す。

 当然、隣を歩く灯もハルさんを見て挨拶を返した。

 

「おはようございまーす!」

「おはようございます……」


 ハルさんはいつも通りといった様子。

 もしかして、自分が注目されていることに気づいていないのだろうか……。

 

 灯も何かを気にした風もなく、そのまま私たちは校舎に入った。

 そのままリホさんの話題にならず終わるかと思いきや、そんなことは無い。


「いやぁ、今日の三波先生、なんか良いね。めっちゃ美人だった。元からだけど」

「そうだねぇ……」

 

 気づかないわけがないか……。

 リホさんは本当に目立っていた。

 殆どの生徒が彼女を二度して校門を通っていく程だ。

 教室に着いても、クラスメイトたちは夏休み中の話題よりも先にハルさんについて話していた。

 

 彼女にはもっと色々と自覚してほしい。

 なんとなく察していたけれど、ハルさんは自己評価がやたらと低いのだ。

 

 毎日あんな格好をされては困る。

 絶対に私が耐えられない。

 そんなわけで、昼休みと入ると同時に私はハルさんにメッセージを送った。


『大切な話がある。南棟三階の空き教室に来るべし』


 私は果たし状めいた文章を後から読み返して、自分で苦笑することになる。

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