第二部 秋

第四章 The moon is beautiful

第29話

 今日は二学期開始日。もう始業式を終え、通常授業が始まった。

 

 リホさんと会う回数を減らそうと約束したのは、つい昨日の話だ。

 私たちは普通の生徒と教師として、学校では今まで通り余計な接触をしない――そんな予定だったはず……。


「ねぇハルさん、これはどういうつもりなの?」

「わ、わたしは別に何も……」


 今は昼休み。普通ならば私は職員室で、リホさんは教室で食事を取っている時間。

 しかし、私たちは食事も取らず空き教室で二人きり。

 昼休みに入ると同時にリホさんからメッセージが来て『大切な話がある』と仰々しい呼び出しを受けていた。

 

 呼び出された空き教室に着いてみれば、私はリホさんからされている。


「何もってことは無いよね? なに、その服……」


 私はフォーマルなビジネススーツをやめてカジュアルな服を着ていた。

 別におかしなことは無いはずだ。


「数日前に、飲み会……ほら、あの日の。そこで私は服装がカッチリしすぎて目立つって同僚から言われて……」

「だからって、いきなりスカートに変えなくても……。しかも、胸が強調されすぎ!」

「そんなことないですよ」

「あるっ! 朝から逆に目立ってたよ……。男子とか露骨に胸見てたし」


 それは全く以て気づかなかった……。

 たしかに、言われてみれば職員室でも男性陣から妙に余所余所しい態度を取られていたような。

 そんな気がしなくもない。

 

「で、でも見慣れないからってだけで、悪目立ちしてるわけじゃないですよ。松風さん、気にしすぎです。(というか呼び方、気を付けて)」


 私は、彼女の耳元に口を近づけて小さな声で注意した。

 リホさんはだいぶ心が乱れているのか、いつもの『ハルさん』呼びが出てしまっている。

 学園のアイドルスマイルも今は鳴りを潜めて仏頂面だ。


 新学期早々、こんな調子では今後が思いやられる。


「ぴゃっ……」


 彼女はおかしな声を上げて勢いよく後ろへ飛びのいた。

 いきなり耳元で囁いたから吃驚させてしまったらしい。

 

「す、すみません。でも、松風さんが……」

「わかった! 気をつけます、気をつけるから! とにかく、三波先生。せめて上に何か羽織って! 私も気になっちゃうから……」


 そんなことを言われても、今日は羽織るものなんて何もない。

 今日のところは我慢していただくしかないのだけれど、どうにもリホさんが必死すぎる。


 もしかして、胸が気になって朝から見ていたのは、男子生徒だけではなくリホさんも同じなのでは……?


「リホさん、もしかして、私の事ずっと見てました?」

「…………そりゃあ、見るでしょ」


 ああ、私の想い人ったら、可愛すぎる。

 

「明日からはもう少し気を付けて服を選びますね」

「……うん、よろしく」


 やっぱりビジネススーツは楽で良かった。

 カジュアルな服に変えた途端、服選びに失敗するとは……。

 まさか体のラインが出ているとか指摘されるなんて思いもしなかった。

 

「まあでも、私は見て楽しい容姿でもないと思いますけどね。たぶん、本当に気にしてるのは松風さんだけですよ?」

「絶対に、絶対にそんなことは無い……」


 彼女は強く言い含めるように私へそう告げた。

 それはもう必死な顔で……。

 

 

 指摘されてみると、周囲の視線というのはやたら気になるもので、私の二学期初日は男子生徒や同僚からの視線がやたら気になる一日であった――。

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