第28話

 私も直情的で突飛な行動を取ることに自負があるけれど、リホさんも大概だ。

 

「リホさん、もう少し物事を伝える順番に気を使えませんか?」

「いや、先ずは結論からって言うじゃん」


 お道化た感じで言い放つリホさん。

 それはビジネスだの論文の話だろう。


「日常会話でいちいちそんなことされたら疲れますよ。普通の会話はプロセスを楽しませてください」

「プロセスがつまらない話はどうするの?」

「……結論だけ伝えましょう」


 リホさんは私に向かって指をさす。


「それだ!」

 

 たしかに、この話題はプロセスもつまらなそうだ。

 ふむ、じゃあリホさんが合っているのか?


「いや、何かが違う気がします……」

「あはは、あたしもー」


 リホさんの自由奔放さに付き合うと、こういうことになる。

 このままでは、せっかく結論から述べたのに一生本題に入ることができない。

 結論から入り損だ。


「真面目な話に戻りましょうか……。まあ大方、私の外聞を心配してのことですよね?」

「私自身のこともあるよ。高校生としての期間ももう残すところ半年だけなわけで、わざわざ互いに危険を冒す必要があるのかなって」

「半年してから気兼ねなく合う方が良いと?」

「流石に半年間ずっと待つのは辛いかもしれないけど、今みたいな頻度はやめとこうかって話」

 

 困ったことに至って正論だ。

 あと半年もすれば、私たちは誰に咎められることもなく会えるようになる。

 それを我慢できないのは、刹那的で愚かな人間だ。


 しかし、恋する人間というのは、視野狭窄に陥ってることが多いわけで……そういう愚かな判断をしたくなる。

 つまり、私は、色々なリスクを承知でリホさんと会いたいという衝動に駆られていた。


「理屈は理解できているのですが、感情的には納得できません……」

「ハルさんって偶にバカだよね……。あたしだって、別に悪いことしてるわけじゃないんだし普通に会いたいとは思ってるよ」


 さらっと罵倒されたけれど、今は否定する材料が見つからない。

 私も、今と同じペースでのを続けることは、現実的ではないと思っていた。

 

 それに、気掛かりがある。

 原田先生には、私の想い人の名前が『リホ』であることを知られている。

 どこにでもいる名前だし、今はそれが誰なのか特定できているはずもないだろうけれど、松風里穂と私の組み合わせをプライベートで見かければ答えに辿り着くことも簡単だろう。

 彼女が私たちの関係について、どう思うかは分からないけれど、簡単に知られることをよしとしない方が良いはずだ。


 そういう諸々を加味して、私たちは会う頻度を減らすべきだと、私もリホさんと同じ結論に至る。

 

「はぁ…………週に一度」

「結構多いな……」

「えぇ! 週一は少ないですよ!」

「前みたいにメッセージで毎日やり取りできるし、通話でも良いじゃん」


 妥当な所だろうと思って週一を提案したのだけれど、リホさん的には多いらしい。

 真面目に週一でも少ないと思ってた……。


「リホさんはどのくらいを考えてたんですか?」

「月一」

「私を殺す気ですか?」

「大げさすぎるよ……」


 こちらは貴方に告白の返事をいただけていない状態なのですが?

 もしかして、『ちょっと』って半年くらいをイメージしてましたかね?


 これだから曖昧な表現は良くないのだ、人によって受け取り方が変わってしまうから……。


「せめて隔週にしません?」

「三週間」

「も、もう一声……」

「じゃあ、やっぱ月一」

「三週間に一度でお願いします」

 

 リホさんを折れさせることなど私にできようはずもない。

 そもそもがお互いの身を案じるが故の自粛なのだから、リホさんが折れるとかいう話でもない。

 私にもそれなりの我慢は必要だ。

 

「こういうのって、普通は年上が年下を窘めるものじゃないの? 何でハルさんが我儘言ってるのさ……」

「リホさんが冷静過ぎて、私は悲しいです……薄情者…………」

「は?」

 

 リホさんから発せられる低めの声が空気を冷やす。

 目の座ったリホさんはかなり怖い。背筋がゾクゾクして来るのだ。

 

「すみませんでした」

 

 そうですね。私がしっかりしないといけませんね。

 すみませんね、面倒くさい大人で。


 俯いていた顔を上げれば、存外に真面目な顔のリホさんが居た。


「今日とかはさ、学校の誰かに見られても体調を崩したあたしを心配して来たとか言えば、無理やり煙に巻けると思うんだよ。かなり強引ではあるけど。でも、毎回上手い理由をこじつけられるかは分からないでしょ? そういうところで、最近はちょっと油断しすぎてたかなって反省してる。今のまま二学期に入ったら、きっと誰かに見られて悪い噂とか流れちゃうよ……」

「それは、……正直なところ同感ではありますね。……まあ、何度も言うように、悪いことをしているわけじゃないんですけど」


 そんなことは分かっているとばかりに、リホさんは神妙な顔で頷いて私へ言告ぐ。

 

「ハルさん、あたしね、一時の下らない衝動でハルさんとの関係を終わらせたくないの。ハルさんとの時間が本当に大事なんだよ。これから先、学校を卒業したって……。だから、今だけは私の我儘を通してほしいの。まだ待たせちゃうけど――ちゃんと返事するから」


 なるほど、彼女が私の気持ちに答えを出さなかった最大の理由はこれだったのか。

 リホさんの抱える問題がどうのと変に勘ぐっていた自分が馬鹿らしい。いや、おそらく、そちらの事情も多分に関係はあるんだろうけれど。

 それでも、どうやら私はリホさんにずっと気遣われていたらしいことが分かってしまった。


 ならば、やはり私のするべきことは、彼女を信じることだ。

 そして、彼女が持つ重荷を少しでも私に背負わせてくれる時が来るなら、彼女の信頼に全力で応えるんだ。

 

「リホさん……。私ばっかり言いたいことを言うばかりで、ごめんなさい……。私も、リホさんとの時間が何より大事ですよ」

 

 先ほどの言葉は、リホさんの気持ちが充分に伝わってくるものだった。

 思わず嬉し涙がこみ上げてきてしまう程。


 そんな私を気遣ってか、リホさんの両手が私の手を優しく包み込む。


「分かってくれて嬉しいよハルさん。私も、ちゃんとハルさんの事、考えてるからね」


 リホさんの手を通して、私に彼女の優しい心が流れ込んでくるようだ。

 私の感情の昂ぶりに応じるように、段々とリホさんが手に込める力も強まっていく。

 力がどんどんと、どんどんと――。


 あ、あれ、なんか手が…………握り潰される! い、痛い!


「…………なのに、とか言われて……悲しいなぁ……ね?」

「ご、ごごご、ごめんなさいでした! 許してくださいぃ!」

 

 私の眼からは涙が流れる。これは、嬉し涙ではない。

 リホさんの握力ってどのくらいなんだろうか、ギリギリと私の手は軋んでいた……。


「さて、お仕置きはこれくらいにして……」


 彼女の手が、パッと私から離れる。

 リホさんは、小さく息を吐き笑顔で仕切り直した。


「それじゃあ、二学期から、またよろしくね」

「は、はい、もちろんです……今後とも、よろしくお願いします」


 手は以前として負傷中だ。ジンジンと痛む。

 

 まったく、どうにも締まらないけれど、どうやら私たちの夏は幕を閉じてしまうらしい。

 

 夏休みが、――――終わる。

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