第27話

 夏休み最終日も終盤。

 ホラー映画を見終わった私たちは、夕飯をどうするか決めあぐねている。


 熱が下がったとはいえ、治り始めのリホさんを外へ出すわけにはいかない。今日くらいは家でゆっくり過ごして、明日からの学校に備えて欲しい。

 そんな私の主張から、彼女がこれまでにない提案をしてきた。


「ハルさん一人に買い物へ行ってもらうのも微妙だし、宅配サービス頼んじゃわない?」

「宅配サービスですかぁ、私使ったことないんですよね。アプリ入れてたりしますか?」

「 1回も使ってないけど、入れるだけはした」

「じゃあ、着払いで注文だけお願いします」


 いつも買い物をすると私が払っているから、当然の様に財布を出したのだけれど、リホさんは不満気というか、何か言いたそうにしていた。


「どうしました?」

「いつもは私が料理をするからって建前でお金を出してもらってたけど、今日くらいは……」

「じゃあ、今日は一泊のお礼という事で」

「ハルさん、あたしだってそこまで図々しくないよ……。看病までしてもらったのに」


 自然な動きで私の手の甲に彼女の掌が乗せられる。


「何か、あたしにして欲しいこととかない?」


 完璧な上目遣いだ。リホさんはあざとい女モードに入っている。

 

 なるほど、お金云々は建前で、私からお願い事を引き出すことがお目当てだったか。

 何かと言われれば、そりゃあ告白の返事が欲しいですけれども。


 多分これを言ったら嘗てないほどに困った顔をしてくれることだろう。

 でも、私も彼女に意地悪をする気はない。


「じゃあ、私とデートして貰っても良いですか?」


 私のお願いは喜ばれると思ったのだけれど、彼女は予想に反してしょぼくれた顔になってしまう。

 

「……それは、あたしのお願いだよ」

「でも一緒のベッドで寝たことで、元のデートの約束は白紙になってしまいましたからね。私も、結構楽しみにしてたんですよ? リホさんとのデート」

「……なんか、あたしばっかり得してない?」


 どう言ったら納得してくれるのだろうか。

 そもそも、私はリホさんが得をし続けても何ら気にかかることがない。

 リホさんが喜んでくれるなら、私も嬉しいわけで……。


「私はリホさんを養いたい。リホさんは生活費が浮く。もうこれで良いのでは……?」

「待って、それだとあたしがただのヒモになってる」


 リホさんが私のヒモになっても幸せにする所存だ。

 リホさんに貢いで日々の疲れを癒してもらう生活……最高じゃないだろうか?

 

「もう、それで良いじゃないですか……」

「考えることを放棄しないで!」


 というか、今答えを出すことに拘る必要はあるのだろうか?


「このお願い事って保留できたりします?」

「……まあ、良いけど……無かったことにしないでよ?」


 彼女はどこか疑わし気な顔で私にそう訴えかけてくる。

 私の場合は、素で忘れてしまいそうで怖い。


 なら、絶対に忘れないことと結びつけて覚えておこう。


「……リホさんが、私に 1つ秘密を教えてくれたら、私も1つお願い事をします」


 何かと考えていることを腹の内に溜め込んでしまうリホさんのことだ、私が察していないような事もゴロゴロ眠っているだろう。

 だいぶ卑怯な言い方になってしまったけど、彼女は少し強引に手を引いた方が前に進めるタイプだということは薫さんの件で学習済みだ。


「ハルさん、私を困らせるのが上手になったね……」

「リホさんには言われたくないです……」


 そんなわけで、問答は一段落ついた。

 


 宅配サービスというは素晴らしいものだった。

 これまで、自分は何故この素晴らしいサービスを利用してこなかったのか、心から後悔している。

 私はもっと質素な弁当みたいなものが届くと思っていたのだ。

 しかし、蓋を開けてみればお店で食べる料理と遜色のない品々が並んでいる。

 

「すごい……。リホさんと出会うまでにこれを知っていたら、私はコンビニ利用をやめていたでしょうね…………」

「…………あたしとハルさんの再開が宅配サービスに阻まれなくて本当に良かったよ」


 なるほど、私がコンビニに行かなかったら、不登校になったリホさんとの再会もなかった。

 

「コンビニ通いは良いものですね」

「ああ、もうそれでいいや……」


 コンビニへの感謝を取り戻す私を見て、リホさんは呆れたようすだった。


「まあ、とにかく食べましょうか」

「だね。冷めちゃったら勿体ない」


 今日の夕食はタコライス。

 重すぎず軽すぎないメニューという事で、二人の意見が合致した結果だった。

 

「沖縄料理って夏に食べると本当に美味しく感じるよね」

「ゴーヤチャンプルーとか、私は結構好きです。嫌いという人も多いですが」

「ゴーヤの苦さって独特だからね。私も正直苦手」

「意外ですね。苦手な食べ物なんて無いと思っていました」

「自分で料理できることの長所は、苦手なものを入れない選択ができることなのだよ、ハルさん!」


 リホさんは、人差し指を突き立てて偉そうに子供みたいな事を言う。

 

 いや、まだ高校生だったか……。

 

 なんて事のない雑談をしてると、ふと、リホさん――松風里穂が、まだ高校三年生の少女であることを思い出す。

 プライベートでリホさんと関わり続けた弊害か、どうにもリホさんを高校生として見れなくなることが多い。

 私生活も私以上にしっかりしている彼女は、自立した大人と同じ雰囲気を纏っている。

 聞けば、彼女は高校一年生、つまり15歳からこんな生活をしているらしい。

 そりゃあ、普通の高校生と比べたら大人びて見えるはずだ。


 時折、純粋に疑問がわくのだ。

 

 どうして、リホさんはここまで自立する必要があるのだろうか、と。


 高校生の一人暮らし、無い話ではない。でも、少し異常だ。

 学校寮でもなく、只のマンション住まい。 1LDKのマンションなのだから、金銭的な支援は相当あるに違いない。

 でも、金銭的支援をしているであろうリホさんの両親は、学校からですら全く連絡を取れない。

 リホさんが家族の話を毛嫌いしている様子からも、何か問題はありそうなのだ。

 でも、頑なに話すことは無い。

 

 いったい何を抱え込んでいるのか。

 私の保留されている告白は間違いなく、その話に繋がるはずだ。


 ある程度ドロドロした内容を覚悟しているけど、私の中で良からぬ妄想が膨れるほどに、リホさんが心配になる。

 

「ハルさん、ちゃんと聞いてる?」

 

 いつの間にか長考していた私を心配してか、リホさんから声がかかる。


「ああ、ちょっと考え事を」

「ふーん。ま、いいけど、私の話は無視しないでよね……」


 どうやら心配していたのではなく、話を聞かない私に怒っていたらしい……申し訳ない。

 深く考え込みすぎて、周囲の音が遮断されていた。

 

「すみません、何か言ってました……?」

「もう……明日から、夕飯はどうするの?」

「リホさんの家で食べるに決まってるじゃないですか?」

「そんな当たり前みたいな……」


 冗談で返したけれど、彼女の言わんとするところは分かる。

 学校が始まればお互いの生活が今とは変わってくる。

 

「真面目な話をすると、毎日は厳しいでしょうね……」

「そっかぁ。学校の先生って、結構遅くまで残って何かしてるもんね」

「私の場合は定時上がりを心がけてますけど、家で持ち帰りの作業をしていたりするので……」

「へー、学校の先生は思ってたり忙しそうだ……」

「そーですよ。ホント、大変です。やりがいはありますけどね」


 どこか優しい眼差しで私をみるリホさんは、「そっか」と短く相槌を打つ。


 そして、彼女は、――――――。



「じゃあ、やっぱりウチで会うのは暫く止めとこうか」

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