第26話

 目が覚めると、そこには天使が居た……。

 

 よく物語で見る表現だけれど、本当にそう思うことがあるらしい。

 それが、今。


 しかし、問題が 1つある。


「い、いつから見てました?」

「時計見てないからわかんない。30分くらいかな?」


 天使様の目はガッツリ開いていたのである。

 

「こ、こういうのって、見られる側は恥ずかしいものなんですね……」

「見てる側は楽しかったよ。目が覚めたら、が居たから……」


 やたらと女神様を強調するリホさん。

 

「勘弁してください」


 私は絶対に、寝ている人の顔はまじまじ見ないと誓った。

 

 

 ベッドから出た私たちは、二人で歯を磨いて、朝ご飯を食べて、何気ない日常を過ごす。

 リホさんの熱はすっかり下がっていた。

 軽い咳だけが残っているけれど、無理をしなければぶり返すこともないだろう。

 

「ハルさんが、あたしの家に来てくれないから、身体が拗ねちゃったんだよ」

「それはなんとも、我儘ですね」


 またしても、可愛いことを言ってくれる。

 日に日に私の扱いが上手くなっていく。私へのマインドコントロールは完璧だ。

 

 ちなみに、今日は部屋の中で寛いでいる間、ずっと手を握り合っている。

 今も並んで座り、手を繋いだ状態だ。

 

 もはや、私は開き直った。

 告白の返事は保留されているけど、このくらいは許してほしい。

 でないと、私の自制心が壊れてしまう。

 そもそも、最初に私の手の甲をさわさわと撫でつけ始めたのはリホさんだ。

 そんなの、もう手を返して繋ぐに決まっている。これは当たり前だと思うのだ。


 私は、誰に言い訳をしているんだろう……。


 そんなことを考えていると、リホさんから嫌な提案が上がる。


「さて、ハルさん、ホラー映画を見よう」

「あれ、本気だったんですか?」

「あたしが、一度でも冗談を言ったことがあった?」

「それがもう冗談ですよね」


 楽しそうに笑う彼女を見て、私も釣られて笑う。

 別に変ったことのない普通の会話だ。でも、それだけで楽しい。


「何かみたい作品あります?」

「どうせなら、すっごい怖いやつが良いな。絶対に一人じゃ見れないようなの」

「お互い一人になった後が辛いじゃないですか……」

「そしたら通話して心の穴を埋めるのさ」


 なんとも心強いことだ。

 絶対に二人して後悔するんだろうなぁ…………。


「去年あたり話題になってた『最凶・呪いのビデオテープ』って映画はどう?」

「あれ、予告編の動画だけで怖いって、結構バズってましたよね……」


 配信サイトで調べれば月額会員無料で公開されていた。

 幸運にもと言うべきか、私は有料会員だ。


「本当に良いんですね……?」

「ハルさん、覚悟決めて」

「絶対に後悔するのに……」


 特大の溜息を吐いて動画を再生する。

 わざわざリホさんの家のモニターへストリーミングして、大きな画面で鑑賞会が始まった。


 物語は女子大生が心霊スポットで謎のカセットテープを拾うところから始める。

 疑問なのだけれど、今どきカセットテープなんて知っている子供がいるのだろうか。

 

「リホさんってカセットテープ知ってるんですか?」

「実物に触ったことはないけど、知ってはいるよ」


 知識としてはあるんだなぁ。


 なんて思っていると、映画の方で恐ろしい女が映し出される。


「ちょっ、ハルさん、手が痛い」

「すすす、すみません! でも無理、怖い!」


 私がリホさんの手を握りしめて恐怖に耐えていると、クレームが入る。

 とはいえ、私は恐怖に耐えるので精一杯だ。


「せ、せめて腕を組むとかにしよう。あたしの手が折れる……」

 

 ビビり散らかして女子高生に縋りつく教師……恥ずかしい。

 もはや変な気を起こす余裕もない。

 私は両腕でリホさんに抱き着いて映画を必死に見る。


「もう見るの止めませんか……」

「もー、ハルさん怖がり過ぎ」


 しかし、余裕そうだったリホさんも、中盤以降は私に抱き着いてキャーキャーと叫び始める。

 そして、後半の陰陽師と幽霊の対決では、手に汗握りながら食い入るように映画を見ていた。

 最終的に、エンドロールが流れる頃には謎の達成感に包まれる。

 

「ホラー映画の楽しみ方を知ってしまった……」

「なんだか、謎の中毒性があります……」


 映画を見終わった時刻は14時。

 まだ、あと 1本見ても夕飯時に間に合う。


「つ、次の作品、行っちゃう?」

「……やぶさかでありません」


 結局、私たちは二本目の映画に手を出して後悔することになる。



「もー! 全然話題になってなかった二本目の方が断然怖いじゃん!」

「ホントですよ! なんですか、あのバッドエンド! 洒落になりません!」


 二本目は前情報なしで適当に選んだのだけれど、映画の怖さで言えば最初に見たものを遥かに凌ぐ恐ろしさだった。

 一本目はそれなりに楽しむことができたけれど、二本目に関しては二人とも終始涙目での鑑賞。一瞬分かりかけたホラー映画の楽しさは二時間後に吹き飛んでいた。


「私は、もう絶対にホラー映画を見ません」

「とか言いつつ、ハルさんウォッチリストに何作か登録してたよね……」

「…………」


 そんなこともあったかもしれない。

 まあ、見ることは無いだろう。おそらく、きっと、多分。

 


 ――――その後、リホさんとのホラー映画鑑賞会は新たな習慣となるのだった。

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