第24話

 泊まるにしても、着替え諸々をリホさん宅に持ち込む必要がある。

 私は、駄々をこねるリホさんを寝かしつけてから一度家に戻った。

 

 自宅に着いた頃には、なんだかんだで夕方だ。

 今は、お泊りセットを纏めつつ、リホさんの家に戻ってからどうするか考えている。

 

 飲み物は思ったより飲んでくれたから、買い足さないといけない。

 あとは――。


「そういえば、夜ご飯をどうするか決めてないですね……」


 割と元気溢れるリホさんだったけれど、あれでも病人は病人。

 お粥とか、饂飩が無難だろうか。

 

「インスタントで許してもらえるでしょうか……。いや、でもなぁ」


 いつも料理をして貰っている人に、いざという時、インスタントのご飯を食べさせる。なかなかの罪悪感だ。

 悪いことではないのかもしれないけど。気持ち的に引け目がある。

 

「これは、真面目に料理を勉強した方がいいかもしれないですね」


 とはいえ、いきなり上手になるとは思えない……。

 

 私は、一縷の望みをかけて『饂飩 包丁不要 簡単』でレシピを検索する。


「結構ある!?」


 これまで能動的にレシピサイトだのを覗くことがなかったけれど、調べてみれば楽な料理というのは意外と見つかるらしい。

 包丁を使わない料理というものが、思った以上に先人たちから共有されている。


「こ、こんな便利なサイトがあるなら、もっと早く知りたかった……」


 人間、興味のないものにはとことん視野が狭い。

 自分のために料理をしようと考えると、レシピを調という発想にすらならなかった。

 けれど、挑戦するとなれば、簡単に道が拓けたりするから不思議なものだ。


 そんなわけで、リホさんに、饂飩を作る旨を伝えるメッセージを送る。

 今度は、既読が付かない。


 ――今は安心して眠れてるのかな。


 そんな風に思うと、少し嬉しくなる。

 私は気分良く、スーパーへ買い出しに向かう。

 


 買い物を終えて、リホさんの家に戻った。

 スーパーの店員さんから物凄く残念そうな視線を向けられたのだけど、あれはなんだったんだろうか……。

 私は、ポケットからを取り出す。


 本人が寝ているのをいいことに、「ただいま」とか言ってみたり……。

 返事はない。やっぱり、まだ寝ているようだ。


 私は、あまり音を立てないようにリビングへ向かう。


「さて……、やりますか」


 リホさんの家にどんな調味料があるのか把握していないから、諸々を全て買ってしまった。

 しかし、冷蔵庫やキッチンの戸棚を見れば、全部が元から揃っている。

 

「家を出る前に確認するべきでした……」


 まあ、そう簡単に悪くなるものではない。

 いつか有効活用されると信じて、私が買い込んだものをしまう。


「お肉はバラのものを買ったから、そのまま入れれば良くて――」

 

 携帯を片手に食材を用意する。

 白菜は包丁を使わないで手で千切る。ネギはキッチンバサミで適当に切る。

 あとは鍋に水を入れて、調味料をしっかり測った通り入れる。

 ズボラな料理しかしてこなかったら、小さじだの大さじなんて初めて使った……。

 理科の実験みたいだ。

 そういえば、どこかで化学と料理は同じようなものだと聞いた気がする。

 

「ちゃんとやってみれば、楽しいものなんですね……」


 少し前までは、自分の胃に納めるものを作る料理しか知らなかった。

 そういう料理を楽しいと思ったことはなかったのだけれど、人の為の料理なら、私は楽しむことが出来るのかもしれない。

 薫さんのお菓子作り教室でも、三人で話しながら作るのは楽しかった。

 結局は、誰とするか、誰の為にするか、そういう事なんだろう。

 

 作り始めてしまえばあっと言う間。半刻も使わないで二人分の饂飩が完成していた。


「簡単レシピとはいえ……感動しますね……」


 器に盛って、食卓に並べると達成感に浸ってしまった。

 食べる前に、写真も撮ってしまう。

 半年ぶりくらいに写真を撮ったかもしれない。


「ああ、こんなことをしていたら冷めてしまいます」


 自分で作った饂飩を見てニヤニヤしていたけれど、冷静さを取り戻す。

 私は、リホさんを起こしに向かった。



 寝室の彼女は、気持ちよさそうに寝ていた。

 

「リホさん。ご飯ができましたよ」


 声を掛ければ、すぐにリホさんの目が開く。

 どこかの先生とは大違いだ……。


「ごはん……」


 まだ少し夢の中に意識を残しているのか、うつらうつらしている。

 彼女のサラサラの髪を撫でつつ、再度声をかける。


「饂飩を作ってみました。頑張ったんですよ」

「えっ」

 

 私の発言で、彼女が一気に覚醒した。


「ハルさん、料理したの?」

「はい。ちゃんと調べながらやりました。意外と楽しいものですね」

「へ、へぇ……」


 明らかに私を疑う目だ。

 失敬な。


「ちゃ、ちゃんとできてますからね? ほら、いきますよ」

「わ、わーい。ハルさんの手料理、うれしいなぁ……」

「大丈夫です。たぶん……」

「……そこは最後まで自信持とうよ」


 人に食べてもらうのは緊張するものだ。

 リホさんは、思ったことをそのまま言うから特に。以前のケーキの時みたいに、今回も「まずい」とか言われてしまうかもしれない。

 

 なんで私には遠慮がないのだろうか……。信頼されていると思えばいいのかな?

 

「あれ、見た目はいい」

「見た目が悪い饂飩ってなんですか……」

「ふふっ、たしかに」


 いつも通り、なんてことない会話をしながら食卓に着く。

 食べ始めると、リホさんは嬉しそうな顔になった。


「ちゃんと美味しいよ、ハルさん」

「なんか、料理の楽しさを理解してしまったかもしれません」


 私の料理を嬉しそうな顔で食べるリホさんを見ると、私も喜びで胸が一杯になる。

 リホさんも、私が美味しいって言うと、いつも嬉しそうにしていた。

 

 そうか、こんな気持ちになるんだなぁ。


「また作ってね」

「リホさんの為なら、いつでも」


 リホさんといるだけで、私の日常はバラのように色付く。

 ちょっとしたひとときが、幸せに感じる――――。

 


「あれ、ハルさん、ネギがキッチンに残ってる……」


 せっかく切ったネギを鍋に入れ忘れていた。

 私っていう奴は、どこまでも抜けているらしい。

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