第17話
飲み会を終えて、酔いつぶれた原田先生と共に私は家に戻った。
今は、原田先生を自分の家に連れ込んだはいいけれど、彼女をどうしたものかと困っている。
いや、連れ込むという言葉を使うと語弊を生むだろうか……。
どちらかというと、原田先生が私に付いてきてしまった、という感じだ。
酔いつぶれた原田先生は、タクシーを降りたあと、私の部屋まで負ぶって歩いても目が覚めなかった。今も私のベッドを占領してぐっすり寝ている。
私の家には来客用の布団なんて用意されてはいない。このままベッドを取られたら、私の寝床は固い床になる。
いっその事、ベッドに二人で寝ることも考えたけれど、それは良くない気がした。
本来であれば、同性であるのだし何も問題は無いと思うのだけど、私の場合は少し事情が違う。
彼女に何か特別な気持ちがあるのかと言われれば、全く何も思うところはないのだけれど。
だからといって、彼女と共にベッドに入ることは、リホさんに対して不誠実だと思う。
この件をリホさんが嫌がるかどうかなんて、私には分からない。なにせ、私のことをリホさんがどう思っているのかも、私は知らないんだから。
でも、私だったら、リホさんが薫さんと同じベッドで一夜を過ごした、なんて話を聞かされたら間違いなく精神的に来るものがある。
高校生同士の戯れにいい大人が何を言っているのか。そんな風に思う自分もいるけれど、それでも、仕方ない。
――私は、松風里穂に『恋』をしている。
これまで、彼女と一緒に居られるだけで満足していたけれど、それだけじゃ嫌だ。私には、彼女が自分以外の誰かと結ばれることを受け入れることができない。私の器はそんなに大きくない。
年齢差だとか、同じ女性だとか、教師であるとか、そいういう諸々を捨てて考えれば私は彼女が『好き』だ。
結局、言語化したら人間の感情はシンプルな言葉に集約されるらしい。
これまでの人生で、こんなにも誰かを求めた経験があるだろうか。中学の初恋以上の強い衝動。自分の中に何かが芽吹いている確信。
彼女のことを想うだけで、私の思考はこんなにも忙しくなる。
「で、この状況をリホさんになんて言い訳しようかな……」
思わず溜息も出てくる。
こんなにもリホさんへの懸想を自覚しておきながら、私は違う女性を家に連れてきてしまったわけで……。
リホさんよりも先に、他人を自分の家に上げてしまった。そのうえ、実は、この家に入った人は、両親を省けば原田先生が初めてだったりする。
それがまた、彼女への罪悪感を助長している。
彼女は、何度も私の家に来たがっていたから。
とりあえず、リホさんには今のうちから正直に伝えておくことがベターだろうか。
でも、知られない限り、何も問題は起こらないわけで……。
私の中の打算的な悪魔が、「この事実を隠しておけば、お互い幸せになるぞ」と語りかけてくる。
でも、やっぱりダメだ。
少なくとも、リホさんはこれまで、薫さんと会うときは私に教えてくれていた。大した意味なんて無かったのかもしれないけど……。
「……いや、そもそも考え過ぎなのかな?」
私はリホさんが好きだから、リホさんと誰かが私の知らない所で二人きりになったら、嫌な気持ちになる。
でも、リホさんが私をただの
彼女は私を少なからず好いてくれている。それは流石に自信を持って言える。そうでもなければ、毎日のように二人で食事なんてしないはずだ。
――でも、その『好き』は私の『好き』と同じなのか?
そう問われれば答えが出ない。
でも、もしかすると、今回のことは私への気持ちを確かめる良い機会になるのではないだろうか。
彼女が、少なからず私と同じ意味での好意を持ってくれているなら、原田先生と二人で過ごすことに対して何かしらの苦言があるかもしれない。
逆に、私を接しやすい友達としか思っていないなら、大した反応もなく受け入れられると思う。
……いや、もうぶっちゃけ考えても良く分からない。
私は、殆ど自棄っぱちで今の状況を包み隠さずリホさんに伝えた。
『原田先生が酔い過ぎて帰れなくなったので、私が引き取りました。今日は私の家に泊めていきます』
送った瞬間に既読が付いた。
私の口からは、「ひぇ……」と怯えた声が漏れ出る。
もしかすると、リホさんからも何かメッセージを送る所だったのだろうか。
ちょっとタイミングが悪い。
どんな返事が返ってくるのだろうかと画面を凝視しいるけれど、一向に返事がない。
1分、 2分と過ぎていくが、何も送られてこない。
このまま、何も送られてこないのだろうかと気が緩み始めたところで、メッセージが届く。
『ふーん』
それだけ。
「えっ、何? これはどういうこと? 怒ってヘソを曲げっちゃった? それとも、本当に興味ないだけ……?」
一番よく分からないタイプの返信が来てしまった。
これは、このまま会話を終わらせていいのだろうか。
でも、怒っているなら何かしらケアが必要なはずだ……。
いや、もう色々面打になってきた。電話をかけよう。
それが一番手っ取り早いはずだ。
――トゥルルル……。
私は最終的には脳筋タイプなのだ。メッセージでのまどろっこしいやり取りは諦めて電話をかける。
少し待ったけれど、リホさんから応答があった。
『なにさ……』
「あ…………怒ってくれてます?」
電話口の彼女の声は、少し棘があった。
もう、この反応を聞けただけで私は舞い上がりそうだ。だって、たぶん彼女が嫉妬してくれている。
『なに嬉しそうにしてんの』
「え、いや……だって…………」
つまり、
これって、脈はあると思っていいんですよね?
もう、いつものように衝動に任せて自分の想いを伝えてしまいたい。
腹の内から湧き出てくる欲が、私を急き立てる。
「私、リホさんしか……」
もう全部言ってしまえ!
そんな気持ちで口を開いたところで、思わぬ横やりが入った。
「あ~~~! 気持ち悪~い!」
妙に間延びした声だ。
誰の声か。そんな疑問は出てこない。
今、私の部屋に居るのは、私と原田先生だけだ。
『女……ふーん』
――ブツッ。
聞いたことのない恐ろしく低い声が耳元から聞こえたと思うと、通話が切れた。
勘弁してほしい。
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