第15話

 私は、不承不承ながらもリホさんの言葉に相槌を打つ。

 

「そうですね……はい」

「ネットで知り合ったのはいつだったの? って、不躾に聞いてもいいのか分からないけど……」


 薫さんは何かを勘ぐっているというよりは、私たちの関係が純粋に気になっている様子だ。

 気持ちは分かる。私が薫さんの立場でも、同じように疑問を持つだろう。知り合ったばかりにしては、少し、と。

 なにせ、歳がそれなりに離れた社会人と女子高生の二人組が、家族でもないのに毎日一緒に生活しているのだから。


「うーんと……ネットで話すようになってから半年経たないくらいかな?」

「ですね。春の末に知り合ったので、4か月前くらいでしょうか」


 リホさんは、何かを気にした風もなく事実だけを伝える。

 やましいことがあるわけでもないのだから、堂々としてればいいという感じだ。私も、それに倣う。

 

「へー、私が思ってたより全然最近の話だったんだね」

「関係性って時間だけで決まるものじゃないしね。本当に、初めて話した時から気が合ったんだよ」

「ですね。似た雰囲気を感じたというか……」

「三波さんと里穂ちゃんが、似た雰囲気……?」


 薫さんは、私とリホさんを見比べて首をかしげている。何を考えているのか分かりやすい。

 パッと見では、私とリホさんに共通点があるようには見えないだろう。余計な一言だったかもしれない。

 どう伝えたものかと首を捻っていると、リホさんから助け船が出る。


「細かいことは、相手が薫ちゃんでも内緒かな。ちょっと、デリケートな話ってやつ?」


 それまで包み隠さず話していたリホさんが、薫さんの目線から逃げるように顔をフイッと逸らす。

 それを見た薫さんは、一瞬だけ寂しそうに見える表情になった。けれど、すぐに優しい笑みを浮かべて話を切り上げる。


「そっか。二人だけの秘密って奴だ。本当に、仲がよろしいことで」

「えへへ、まあね」

「……あはは」


 リホさんは屈託のない笑顔を見せる。でも、私は、誤魔化すように小さく笑う事しかできなかった。

 

 そこからは、気を使った薫さんが全く違う話題を話始める。いつも通りの雑談風景。

 そうして時を過ごし、夕飯時が近づくと、薫さんは家に帰っていった。


 薫さんに、完全に納得してもらう事は出来なかっただろう。それでも、私たちの関係性を薫さんなりに解釈してくれた様子だった。

 彼女には、私たちがどんな風に映っているのだろうか。

 今度は、私の方から彼女に質問してみたい。


 いや、薫さんの答えを聞いたところで何も変わりはしないだろうか。

 いい加減に、私も自分の答えを見つけ出さなければいけないのかもしれない。

 リホさんと今のまま友人で満足しているのか、それとも――。

 

━━━

 

 勘違いしている人が多いけれど、学校の教諭という仕事に学生と同じだけの長期休暇なんてない。

 たとえ今が夏休みだとしても、私たちは学校に出勤して仕事をしている。仕事内容は様々だけど、今日の主な仕事は 2学期に向けてのカリキュラム作成。

 教師内で、 2学期にどこからどこまでを生徒たちに指導するかを決めたり、どうやって指導するかを簡単に纏めたレジュメを作ったりしている。

 夏季休暇終盤になると、真面目に授業をしている多くの教員は、こうして次の授業の準備に追われているはずだ。

 毎年同じような教科書で授業をしているのだから、昨年と同じ授業をすればいいと考える人もいるだろうけど、そう簡単にはいかない。

 その年の受け持ち生徒のレベルによっては、だらだらと講義をするよりも、積極的に問題を解かせて実践力を上げた方が良かったりする。その逆も然りだ。

 そんなわけで、毎年、受け持ちの生徒たちに合わせた授業をしようと思ったら、この時期は準備で苦労することになる。

 一部の怠慢な教師は、いつでも教科書を読み上げるだけの授業をしているから、準備などせず今も職員室で携帯を弄っているけれど……。


「三波先生、ちょっといいですか?」


 今後の授業方針に頭を悩ませていると、今年入った新人教師の一人から声を掛けられる。

 背が小さくて可愛い女性で、まだ新社会人という感じが抜けきらない人だ。

 名前は、原田はらだ 静香しずか


「どうしました? 原田先生」

「今日、このあとご予定あります? 実は、飲み会をしないかって何人かで話していて……」

「飲み会……ですか」

 

 周りを見渡せば、何人かの教師たちと目が合った。

 どうにも何かを期待しているような視線が集まって落ち着かない。


 同じ仕事をしている仲間と屈託なく話す場は貴重だ。飲みニケーションなんて言われているけど、個人的に飲み会は仲を深めるには適した場だと思っている。

 だから、これまでは用事がない限り誘われた飲み会には参加していたのだ。

 しかし、今は毎日用事がある。なにせ、リホさんとの食事が控えているのだから。

 

 仕事を優先するか、リホさんを優先するか決めあぐねていると、誘ってくれた原田先生から突然の告白を受ける。


「えっと、本人を前に言い難いんですけど……。私、三波先生って近寄りがたいイメージがあって…………」

「えっ!? そ、そう……ですか」


 飲み会に誘われたと思ったら、今度は急な口撃をくらった。そんなことを言われたことが無かったから、普通に落ち込む。


「あっ! すみません! えっと、三波先生が苦手って言いたいわけじゃなくて……」

 

 今のは完全にそう言ったようなものだろう……。


「えと、そうじゃなくって……。あの、他の先生たちから、三波先生は飲み会だと良く話をしてくれるって聞いて……。それで、私ももっとお話をしたいなって」


 要するに、私と話をするために飲み会をわざわざ主催してくれたということだろうか。

 そうだとしたら、嬉しい。というか、申し訳ない。まさか後輩に気を使われているとは思っていなかった。

 言われてみれば、彼女とは碌に会話をしたことがない。事務的な話をしても、同僚としてもっと信頼関係を気づくべきだった。

 

 これは、流石に参加しないわけにはいかないだろう。


「気を使わせていたようで、すみません。是非参加させてください」


 ――そんなわけで、久しぶりにリホさんの家に行かないことが決定した。

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