第14話

「このケーキ、食べたことのない食感がします……」

「あたし、こんなに不味い生クリーム初めて食べたよ……」

「た、食べれはするね……」


 薫さんのフォローが相まって、むしろ心が痛い。

 私たちが作ったショートケーキは、見栄えだけ多少整っているものの、味のほうに難ありだった。

 最近は、写真映えを優先して食べやすさと味の考慮を無視したスイーツも増えたと聞くが、これはそいういう類とは違うだろう。

 見た目と食べやすさは普通。味は最悪。ただの不味いショートケーキに映えはない。

 

「これなら、いっその事もっと不味くて見た目も悪い方がネタになるね。中途半端に食べ物としての体裁が整えられているからネタとして楽しむこともできないよ」

「辛辣すぎます……。でも、これは酷い……」

「…………うぇ」


 薫さんの顔色が少し青い。いや、全員の顔色が悪い。

 ボソボソとしたクリームらしからぬ食感の上、砂糖の配分をミスしたために味も甘すぎる。

 美味しいわけもない。


「ハルさん、今日の夜から、あたしと料理の練習しようか。まずは『さしすせそ』を覚えようね」

「そのくらい知ってますよ。砂糖、塩、酢、醤油、ソースですよね?」

「「え゛」」

「じょ、冗談ですよ?」


 あれ、ソースじゃないんだっけ……。


 学生時代に家庭科の授業で覚えたような気がするけど、忘れてしまった。

 ソース以外に『そ』から始まる調味料を知らない。

 しかし、考えてみればソースって幅が広すぎるか。醤油だって言ってしまえばソースだ。


「正解を述べよ」


 リホさんから試験問題文みたいな口調で問い詰められた。

 これは絶対に正解を知らないと思っている顔だ。


 ――大正解です。

 

「そ……ソルト? いや、ソイソース?」

「砂糖も醤油も言ったでしょ!」

「……ですよね」

「三波さん……思ってたよりヤバイ人?」

 

 ついに、薫さんからヤバい人認定を受けてしまった。

 幻滅されただろうかと恐る恐る薫さんの顔を見ると、可哀そうなものを見る目つきだった。

 これなら幻滅されて蔑みの目を向けられた方が開き直れる。


「三波さん、私もっと頑張りますね。次はまたレベルを下げて、かき氷を作りましょう」

「それ、氷削ってシロップをかけるだけでは?」

「まずは、できることからでいいんです」


 つまり、私にできるのは氷を削ってシロップを上からかけることだけって話かな?


 これまでフィナンシェとクッキーを作ったはずなのだけど、今回の失敗と私の料理知識を加味して再評価すると、そこまでレベルが落ちるらしい。

 

「はあ……。ちなみに、さっきの正解は味噌だよハルさん」

「『み』じゃないですか。料理の『さしすせみ』に改題するべきです」

「使い方をもらうってつもりの話だったけど、本当に『さしすせそ』を知らないなんて思わなかったよ……」


 どうやら自分で墓穴を掘ったらしい。下手なことを言うものではない。

 

「三波さんの私生活が心配……。里穂ちゃんにご飯を作ってもらう前は何を食べてたんですか?」

「コンビニ弁当を……」

「毎日?」

「……はい」

「うわぁ」


 薫さんのリアクションもだいぶ遠慮が無くなってきた。

 しかし、二人とも驚いた反応を示しているけど、一人暮らしの人間なんて大体はこんなものだろう。

 毎日ちゃんと自炊するリホさんの方が特殊ケースだと思う。


「薫さんも大学に入って一人暮らしを始めたら、私の気持ちを理解できるはずです」

「薫ちゃんに変なプレッシャーをかけないで!」

「実感がこもっていて怖いです……」

 

 きっと誰もが通る道であるはずだ。

 一人暮らしを始めて、自炊の面倒さを知り、父母への感謝を深める。

 そんなテンプレートな経験に心当たりがある人は、多いのではなかろうか。


「これが大人の階段を登るという事です」

「碌でもない講釈してないで、早くケーキ片づけてよね。残ってるのもうハルさんだけなんだから」


 気づけば二人とも、この不味いケーキを完食していた。

 フォークで崩れたそれを弄んでいるのは私だけになっている。

 時間をかけて味わうものでもない。私は大きな欠片を頬張ってお茶で流し込む。

 

「「「ごちそうさまでした……」」」


 最後は三人で手を合わせて片づけに向かう。

 これにて第 3回、薫先生の料理教室は幕を閉じた。



 片づけを済ませた私たちは、濃い目のコーヒーで口直しをしている。

 私は昨日見つけた可愛い猫動画を二人に紹介しようと考えていたのだけど、薫さんから別の話題を振られた。


「さっきの話の続きじゃないけど、三波さんって、いつから里穂ちゃんの家でご飯を食べるようになったんですか?」


 薫さんは素朴な疑問をぶつける風だった。

 その疑問には、私ではなくリホさんが先に答える。


「えっと、……一ヶ月くらい前かなぁ。最近はハルさんがいて当たり前だったけど、実はまだそんなもんなんだね」

「なんだか、初めて家に入ったのがずいぶん前に感じますね」

「最初の頃は遠慮してたのに、今は当然のようにその席を占領してるしね」

「ず、図々しくなったでしょうか……すみません」

「あはは、全然いいけどね。むしろ馴染んでくれて嬉しいよ」


 里穂さんが私に抱き着いてくる。最近はナチュラルに引っ付いてくることが増えた。

 私としては、嬉しいのだけど、むず痒くもある。

 そんなことをしていると、薫さんからまたも質問があった。


「今更だけど、二人って結局どういう関係なの?これまで聞いちゃダメなのかと思って、触れてこなかったんだけどさ。いい加減に気になって仕方ないんだよね」

 

 これまで、敢えて触れないようにしていた話題だ。そして、今後も私とリホさんの関係を続けるならば、避けては通れない話題でもあった。


「……ほんとに今更な質問来たね。まあ、聞いちゃダメってことは……ないよね?」

「うーん。む、難しいですね……」


 これは本当に難しい。

 実のところ、私たちが学校の教師とその教え子である事すら、まだ薫さんには話していない。

 これに関しては、隠していたというよりも言う機会を逃し続けていた。

 それに、話す内容によっては、私たちのについて触れる必要がある。

 それは、下手をすると里穂さんの過去の恋慕が、その想い人である薫さんの知る所となる可能性に繋がる。

 私は上手い説明が出てこない。


「平たく言ったらさ、ネットで知り合ったなんだよ」

「へー、SNS経由で友達になったんだ」

「そうそう、ね?」


 リホさんが私に同意を求めてくる。上手い言い方だと思った。

 上手い言い方だと思ったのだけど……友達という言葉に気持ち悪さがある。

 いや、不満と言った方がいい。私は、そこはかとない物足りなさを感じていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る