幕間 松風里穂の独白

 これは、私――松風まつかぜ 里穂りほの昔話。

 昔って言うほど長生きしてないけどね。


 私は、幼馴染の女の子――立花たちばな かおるが好きだった。

 いや違うかな、好きだったんだと思っている。彼女への気持ちついては、自分のことながら未だに確信がない。

 そもそも、私にとって恋というのは、まだ理解の外にあるものなのかもしれない。

 

 私と薫ちゃんが出会ったのは小学校の入学式。式場の席が隣同士で空き時間に少し話をするところから縁が出来た。

 入学式が終わって自分のクラスに入ってみれば、薫ちゃんとは同じクラスで、またも席が隣同士だった。こうして、彼女とは、学校という場所でできた初めての友人になる。

 進級してクラスが離れることはあっても、私たちの仲に溝ができることは無かった。

 結局、小学校入学から卒業まで、私たちは互いに一番の友人同士だった……と思っている。

 

 薫ちゃんへの気持ちに変化があったのは、中学に入ってからだった。

 いや、もしかすると、薫ちゃんへの気持ちが変わったというよりも、あの時期にそのものが狂っていたのかもしれない。

 でも、その話は、今はおいて置こう。

 とにかく、私の薫ちゃんへの感情が、恋なのかもしれないと思い至る出来事があった。


 ある日のこと。

 薫ちゃんが、クラスの女子と仲良さそうに手を繋いで学校の廊下を歩いていた。

 偶然それを見た私は、薫ちゃんが誰かとそうしていることに、異常なを抱く。

 当時の私たちは中学生。女の子同士で手を繋ぐくらいは学校内で普通にある光景だ。私も薫ちゃんと何気なく手を繋いだり、抱きついたりしていた。

 でも、彼女が自分以外の誰かとそうしていることが嫌で、苦しくて、――憎かった。

 もしかしたら、友人同士でも嫉妬というものはあるのかもしれない。それでも、私のあの汚い感情は、友人に向けるものではなかったと思っている。

 だから、あの時の私は、薫ちゃんに恋していたんだと思う。私にとっての恋とは、う《・》だから。

 

 自覚したところで、私の気持ちを薫ちゃんに打ち明けることはなかった。同性を好きになるということが、普通とは違うらしいことを、何となく分かっていたから。それ以上に、誰かと恋愛関係を築くことがと感じていた。

 かといって、薫ちゃんへの気持ちに蓋をすることもできず、私の悶々とした気持ちは時を掛けて積もり続けていく。

 そして、何か特別な出来事があるわけでもなく、私たちは中学の卒業式を迎える。

 

 私と薫ちゃんは別々の高校へ進学することが決まり、別れ惜しくも道が分かたれた。

 これで薫ちゃんと距離ができて、少しずつ恋が冷めていく――というわけでもなかった。

 ある時期まで、高校に入っても、彼女とは定期的に連絡を取り続けていた。

 私と薫ちゃんの関係が断たれたのは、高校に入ってからの出来事。

 

 薫ちゃんに、彼氏ができた。


 別に特別な事じゃない。高校生だし、そんな話も普通にあるだろうと思った。

 薫ちゃんは中学の時から少し益せた子供で、頻りに彼氏が欲しいと言っていたのも覚えている。だから、高校に入って恋人を作っても不思議ではない。

 だけど、それでも、私の想い人に『男ができた』という事実はショックだった。

 なにも行動を起こさないままの失恋。私は後悔と悲しみに暮れたのだが、薫ちゃんから更に追い打ちを掛けらる。


 『今度、私の彼を自慢させてよ! 合わせてあげる!』


 そんなメッセージが送られてきた。

 断ればいいものを、私は彼女の誘いに乗ってしまった。断れば彼女をガッカリさせると思ったから。

 でも、この約束が発端で、私と薫ちゃんの関係に終止符を打たれる。

 

 薫ちゃんの彼氏が、私に好意を持ってしまったのだ。

 彼の名前はもう忘れた。嫌な思い出として脳が早々に消化してしまったのかもしれない。

 

 約束の日に出会った薫ちゃんの彼氏は、私に対して初めから強い興味を持っているようだった。

 初めは、恋人の友人という事で、仲良くしようとしているだけだと思っていたのだ。けれど、決定的な行動があった。

 お手洗いに薫ちゃんが席を外した途端、私に詰め寄って連絡先の交換を求めてきた。

 当然、私は断ったのだけど、彼は私の携帯に手を伸ばし、強引に情報を覗き見ようとまでしてきた。

 そうこうしている内に薫ちゃんが戻って来て、その場は何とか収めることができたのだけど、彼のアプローチは終わらなかった。


 薫ちゃんをだしに使って、私と頻繁に会おうとしたのだ。

 何度か断れば諦めてくれるだろうと思っていたのだけど、彼は何度でも薫ちゃんに私と会う約束を取り付けるよう頼み込んだらしい。

 そんなことをされれば、薫ちゃんだって彼の本心に気が付く。

 

 そして、薫ちゃんは怒った。

 ――私に対して。

 

 どうして薫ちゃんが私に怒ったのか、理解できなかった。

 けど、とにかく、私と薫ちゃんの関係は、完膚なきまでに崩壊した。

 その後の彼女たちを私は知らない。きっと、いい結果には終わっていないだろう。

 

 恋は、怖い。

 こんな経験が、初めてではなかった。私は過去の経験からよく知っていた。

 恋は、人をおかしくする。

 

 だから、私は『恋』が憎い。

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