第4話

 リホさんと話をして、良い感じに話が纏まったところで解散……という事にはならなかった。

 

「ハルさんは何食べたい?」

「え? 私ですか?」

「いやいや、ハルさんに食べてもらうための料理なんだから、当たり前でしょ」


 私は、どういうわけかリホさんとスーパーに居る。

 リホさんに自分の本心を伝え終えた私は、なにか心の靄がスッキリしてしまい、さっさと家に帰る気持ちでいた。しかし、いざ席を立つと、リホさんからご飯を食べていくように提案されてしまう。

 なんだかんだと言いつつも、やっぱり教師である自分も捨てきれない私は遠慮したのだ。でも――。


 『そっか……やっぱ、生徒の私じゃダメだよね…………ごめんね


 今にも涙が零れ落ちそうな目で私を見るリホさんに押し負けてしまった。

 あれは反則技だ。しかも、私がご飯を食べていくと撤回すれば、数瞬前の顔が嘘のような笑顔に変わっていた。

 本当に騙されたのかもしれない……。


「で、何食べたいの?」

「えっと、じゃあ、肉じゃが?」

「うわぁ、結構大変なやつがきた……」

「え? 大変なんですか?」

「ハルさんってマジで料理しないんだね……。肉じゃがは大変だよ。じゃがいもの面取りしたりとか」

「じゃ、じゃあ、別ので」

「いや、いいよ、少し時間かかっちゃうけど。それはそれで都合が……」

「はい?」


 何か不穏な発言があったけれど、リホさんの押しにはもう勝てなかった。

 リホさんは肉じゃがの材料と適当な生活用品を買い物かごに入れるとレジに向かう。


「流石に、お金は私が出しますよ。手料理を振舞っていただくのに、お金まで出してもらうわけにいかないです。大人として!」

「私の日用品とか入っているから、いいよ。それに、なんか、ハルさんに今更大人ぶられても……」

「ひ、酷い!」


 なんでだろうか。リホさんから私への評価が下がっている気がする。学校では、それなりに良い先生をしているはずなのに。

 料理をできないのがいけないのだろうか……。いけないんだろうなぁ……。

 25歳独身女が、料理もせず毎日コンビニ弁当でビールを煽る生活。対してリホさんは、学生の身ながら独り暮らしをして、しっかり自炊もしている。彼我の差は比べるまでもない。

 リホさんには、そうとは知らずにチャットツールで怠惰な生活ぶりを惜しげもなく伝えてしまっていた。もう少しカッコつけておけばよかったと後悔しかない。

 

「いいですよー。どうせ私は駄目な大人です……」

「あはは……ごめんって。お言葉に甘えさせてもらうよ。実際、そこまで生活に余裕あるわけじゃないし」

「はいはい、私はATMです……」

「ちょっ……めんどいな、この人」

「うぅ……」

 

 10年も前の初恋で恋愛観を拗らせ続けている独身女を舐めないでもらいたい。そりゃあ面倒な性格をしている。自分でも嫌になるくらいに……。

 俯いて自己嫌悪に苦しんでいると、頭にポンと手を乗せられる。そのまま、優しく撫でられる感触が――。


「なっ! なんですか!?」

「いや、なんか、ウジウジしてるハルさんが可愛くて……つい!」


 慌てて顔を上げてみれば、頬を桜色に染めたリホさんの顔があった。

 彼女の言葉と表情にドキドキしてしまう。たぶん、私は彼女以上に顔が赤く染まっている。


 ――恥ずかしい! でも、なんか嬉しい!!!


 これがバラ色の生活という奴なのだろうか。私の頭の中には一面の花畑が浮かんでいる。

 いや、これはバラ色なんてものじゃない。極彩色だ。


「ねーねー。そこどいてー。ママが困ってる!」

 

 小さな男の子に声を掛けられた。

 現実世界に戻ってみれば、レジ付近でモタモタしている私たちを困った顔で見ている奥様と、その子供がいる。

 

「姉妹仲が良いのは、良いことだと思いますよ……あはは……。悠くん。お母さん、忘れ物しちゃった。もう 1回、向こうに行きましょうねぇ」


 子供のお母さんらしき方からは、よくわからないフォローまでされてしまう。どうやら姉妹に見えたらしい。

 しかし、明らかに何か見てはいけない物を見る目だった。

 スーツ姿の成人女性と、スウェットを着た女子高生の組み合わせが変な空気を醸し出していたら、そりゃあ目立つ。

 しかも、スーツ姿の芋女はともかく、女子高生の方は絶世の美少女だ。

 

「とっ、とりあえず会計しよう!」

「はい! はいっ! そうですね!」


 余りの恥ずかしさに私たちはそそくさとスーパーから立ち去った。


「もう! ハルさんのせいで恥ずかしい思いしちゃったよ!あのスーパー、行きづらくなったらどうしてくれるっ!?」

「私のせいですか!?」


 帰り道も、なんだかんだと会話は続く。

 先日まで、私は何に悩んでいたのだろうかと、馬鹿らしくなるほど自然と話すことができる。


「ハルさんの家って、この辺?」

「そうですよ。あそこに見えるマンションです」

 

 高層マンションではないけれど、それなりに階数がある私の住処は割と目立つ。指差してみれば、すぐに分かるだろう。

 

「へー。何号室?」

「……教えませんからね?」

「ちぇっ……あたしの家には来るくせに……」

「ぐっ……」


 そう言われてしまえば言い返せない。コンビニでリホさんとばったり遭遇した私は、惚けたまま、連れていかれるままに家まで上がりこんでしまった。

 普通に考えれば、あまり良くないことだ。しかも、ご飯までご馳走になろうとしている。


「や、やっぱり今日は……」

「帰るとか言わないでよね? 食材二人分あるんだから」

「……はい」

 

 リホさんからジロリと横目で咎められる。

 どうにも、私はリホさんの手玉に取られている気がしてならない。

 そして、それが嬉しかったりするから困ったものなのだった。

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