狼は神様にフェイントをかける

きの

第1章 満月の夜 第1話 -具現-

「ただいまぁー」

「葵、おかえり。あんた今日バイト?何時に帰ってくるの?」

お母さんが、いつもの調子で尋ねる

「今日は夜のバイトさんの代わり出なきゃだから遅くなる、熱出ちゃったみたいで」

「わかったよ、遅いのね。帰り気をつけなさいね」

「はぁい」

私は目黒葵、高校2年。

平日の夜は、アルバイトを入れているため高校から帰宅して着替えたらすぐに家を出なければいけない。パーカーの袖を通しながら、その辺にあった菓子パンを袋から出して口に放り込む。


今日はバイト時間も長いから絶対お腹空く


牛乳をカップに注ぎ、口に放り込んだパンを流し込む。


テレビでニュースが流れる


『ここ1週間ほど、神奈川県⚪︎⚪︎区で野犬が人を襲う事件が相次いでいます。

狂犬病の一種なのか、現在取り調べ中です。目撃者は多いにもかかわらず、被害は出ていないため・・』

「最近物騒な事件多いわねーやぁね」

母は、在宅ワークをしながら家庭を支えている。大体このニュースを見終わる頃に、スーパーに晩御飯の材料を買いに行く。


テレビを横目に見ながらも、急がなきゃと思い靴を履いた。


「行ってきまーす」

「はーい、気をつけなさいねー晩御飯帰ったら食べなさいね」

「ありがと」

私は家から20分ほど離れたコンビニでアルバイトをしている。

バスもあるのだが、歩くほうが近く感じるし景色とか見てると案外あっという間につく。中学校の時に陸上をやっていたこともあって運動するのが好きなのもある。

いつもなら夜の22時には家に帰れるが、今日は深夜12時までのアルバイトだ。


走ろうかと思ったけどやめとこう、体力残しとかなきゃ


アルバイトで稼いだお金は貯金して、普通自動車の免許代に当てる計画だ。

一応この辺りは都会だから車なんて要らないかも知れないけど、運転免許証という

"大人の勲章"みたいなものが私は欲しいのだ。

将来は車も自由に運転してみたいという夢もある。


コンビニについてからは、いつも通り接客、品出しなど、手際よく行った。22:30ぴったりにくる大学生(今日知ったが家庭教師帰りらしい)とコンビニスイーツの話で意気投合したりしつつも、ちゃくちゃくと業務をこなし、一息ついて時計を見ると0:01分になっていた。


0:05目黒葵と書かれたタイムカードを切る。

このタイムカードを切る音が私は好きだ。


「今日はがんばったぁー」


ロッカールームで伸びをしているとバイトの村本さんに声をかけられた。

「葵ちゃん、いつもご苦労様!これ。いちごミルク」

「ありがとうございます!村本さん、これ、新発売のやつ?私、飲みたかったんですよ、嬉しい」

「いつもがんばってるからね〜他の人には内緒だよ」

アルバイトの村本さんは、特別に優しい。

「あ、村本さん5時までですよね?この辺り野犬出るみたいですよ、さっきニュースで見たんです。気をつけてくださいね」

「怖いねぇー、葵ちゃんこそ、気をつけて帰りなさいね。明るい道選ぶんだよ」

「はい、ありがとうございます」

「また来週、お疲れ様」


外に出ると、4月後半にしてはひんやりと空気が冷たい。

空には満月が浮かび、月の光が道路をうっすらと照らしている。


うーん明るい道か、家まで近いけど暗い道か、迷う。


明るい道と暗い道を見比べ、進むべき道を決めなければいけない。

あ、でも明日は11:00から美容室だから今日はなるべく早く帰りたい。うーん。


方向転換をして私は暗い道を選んだ。


人生とは選択の連続だって誰か言ってたっけ。


あ、、、お父さんか。


私の父は大学の教授で、私が10歳の頃に不慮の事故で亡くなってしまった。

私からすると大好きなお父さんが突然亡くなったから、未だにまだどこかで生きてるんじゃないかって思う時がある。


父は読書が趣味で、偉人の素晴らしい言葉とかを教えてくれた。

宇宙のことや、歴史のこと、数字の話等、色々な分野の話に詳しかった。

私は父の優しい話しかたと、大きな手が大好きだった。


生きてたら村本さんくらいかな??


ふと父の思い出を、懐かしんでいるうちに

辺りの暗さと冷たい空気に気づき、身震いをしてしまった。この時間になると人通りも少なく、車も通ることが殆どない。

少し古い街灯は、5メートル置きくらいに足元を照らす。今1番明るいのは葵の携帯画面だ。

夜は見つめすぎると目が冴えるその光が、今は希望の光のように感じる。


それにしても、

たった2時間違うだけで道の雰囲気も違うもんだな、なんか、怖いかも。やっぱり明るい方行けば良かったかな。


『自分の選択に学んでも、後悔はするなよ』


これもお父さんが教えてくれた言葉。

今日はお父さんのことをよく思い出す日だ。


-ピコン-携帯にメールが入る


『今日は迎えにいけなくてごめんね (手を合わせる絵文字)』


姉からのメールだ。そうそう、いつもバイトが遅くなる時はたまに車で迎えにきてくれる姉も今日は彼氏とデートだから迎えに行けないってメール来たんだった。


『大丈夫、今帰ってるとこ。ありがとう』慣れた手つきでフリック入力をして送信ボタンクリックする。


ふと、足元を見る。

後ろの街灯に照らされ自分の影がまっすぐ道路に伸びている。その影の後ろに、もうひとつ影がゆらゆらと動いてるのが見える。

もう一度、目を細めて見る。やっぱり私の足が2本いや1.2.3.4.5.6本に見える。


背筋が凍る。誰か、いる?


「グルルルルルルルル」


その瞬間、後ろから犬の唸り声が聞こえてきた。

距離的にとても近く感じる。


ま、ま、待って、怖くて背後見れない。


足が止まる。


違うよねまさかね?ニュースの、野犬じゃないよね?

息を止めながら恐る恐る、後ろを向くとそこにはよだれを垂らしながら、鼻をしわだらけにして唸っている犬が立っていた。


ひぃーーーーーー!野犬!!!



あおいは、すかさず全速力で走った。

でも走ると犬も追いかけてくる。ですよねぇ、、、

葵は、中学の時に陸上部、しかも短距離ランナーだったため普通の女子高生よりは割と足が速いのが救いだった。


ぎいゃぁぁぁぁぁぁ!!

狂犬病とかかな?!

なにあのよだれ!恐ろしすぎるんですけどぉぉぉ!


さっき村本さんからもらったいちごミルクが、走るたびに上着のポケットで揺れて、重い。


えーーい!!ごめんなさい村本さーん!!


葵は犬の顔目掛けていちごみるくを投げつけた。

※良い子は真似しないでください


きゃん!!


っしゃ当たった!


だが、野犬はしぶとい。顔をぶるぶると振るわせ、このやろうやりやがったな?

と言わんばかりにまた葵を追いかけてきた。


ぎぃやぁぁぁーーー怖すぎっ


ムリオカートなら、スピンして少し停止とかするじゃん?!


息が切れてきた。心臓が耳にあるみたいに近く聞こえる。待て、冷静になるんだ葵。大丈夫、何か考えなきゃ。

まだここから走ったとしても家まで10分はある。家に着く頃には追い付かれる。


道路の見慣れた看板を見て、ふとこの道があかりの家に近いことを思い出した。あかりは、地方からうちの高校に通うために引越し、アパートで一人暮らしをしている友達で、バイトの帰り道にはよくあかりの家に寄って学校の話をしたりたまに泊まったりと遊んでいた。親も公認の仲だ。

平日はひとつ離れた駅前の居酒屋でアルバイトをしているけど、もうこの時間なら家に帰ってきている頃だろう。



咄嗟の判断だけど一大事すぎる、あかりの家に行くしかない。

私は思い切り右方向に右折した。


急な右折に野犬も驚いていたが、身を倒しながら上手に右折して向かってくる。

さすが、犬。


ピンポンピンポンピンポン

人差し指が突き指しそうなくらいインターフォンを押し続けた。

「助けてーーー!あかりーー、開けて!イヌがぁぁ」

ドアノブにも手を伸ばすと思いの外すぐに扉が開く。え、鍵空いてる?!


すぐに部屋の中に入り扉を閉め、私はへなへなと座り込んだ。


セ、セ、セーフ


体が熱い、全身が脈打ち心臓になったみたいだ。


怖すぎ何あの犬、た、た、たすかった。

生唾を飲み込む。


部屋の中は真っ暗だ。なんとか立ち上がって後ろを振り向くと誰かにぶつかる。


「いったぁ」

「あかりぃ?居るなら返事、、」


「ちょっと、どいて。邪魔!」


低い声と同時に、男は咄嗟に扉を開け、銃を構えた。


バンバン!バン!!!!


きゃんっっ


男が放った鉄砲が犬に当たると、

犬は跡形もなく蜃気楼のよう消えてしまった。

一瞬の出来事に驚いて、身動きが取れない。

目の前には背が高く、月明かりに照らされた男が立っていた。


なになになになになに!銃持ってる...

怖い、、あかりは?

誰?もしかしてハードボイルドな彼氏できたとか!?聞いてない


情報が多くて追いつかない。辺りを見回すと他にも何やら色々な武器が置いてある。


「え、あんた、誰?ん?あーー。ここは、305だけど。隣の間違えじゃない?」


部屋?うそ、さっき焦ってて、間違えたんだ。


自分の行動を振り返るが、思い返せない。

前にあかりが部屋は304って言ってたことだけを思い出した。


「す、す、すみません!犬に追いかけられてて、焦って部屋間違えてしまいました」


葵は床に頭をつける勢いで深々と謝った。


間違えて知らない男の部屋に入ってしまった


「犬?あんた、見えんの具現。武器も?ふぅーーん。」


男は意味深な言葉を言い、拳銃を肩に置きながら近づいてきた。


「...珍しいな、秘密を知ってるのか?あんたそれとも別の組織のやつか?」


猜疑心のある目で冷ややかに男が言う。


え、なんの話?!悪の秘密組織みたいな感じ?ス、スパイとかかな。


でもこれだけは分かる。


-開けてはいけない扉を開けた-


「な、な、なんにもみ、見えてないです。大丈夫です!帰ります。すみませんでした」


あおいは男をはらいのけ、今の出来事を封印するように305号室の扉を閉め外に出た。


なに、なに、なに?今の男の人なに?

怖すぎやだ、今日絶対厄日。疲れてるんだ、、帰ろう

もう絶対、12時までバイトはしない

あかりの隣人やばいやつじゃん


私はあかりのことが心配になりながら、半泣きのまま足早に歩き出した。もう少しで家に着く、がんばれ自分。


でもさっきの犬、、なんで、銃で撃たれたら消えたんだろう、しかもなにあの男。

組織???秘密??

でも銃刀法違反っていうやつだよね?

警察に言うべきかな?巻き込まれたくないし、怖いよぉ。


それにしても、、野犬怖かったなぁ。

野犬に追いかけられた恐怖が蘇り身震いが止まらなくなる。


ぐるるるるるるるるるるる.....


また犬の唸り声が聞こえてくる


幻聴?いや、違う。後ろからだ。


後ろを向くとそこにはさっきの野犬が立っていた。



ええええええぇぇぇ

また?!

2匹目?! 


もう一度走りだそうとしたが、恐怖で足が強張って動かない。


「いったぁぁ、、」

グルルルルルルルルガウゥゥゥ!!!


噛みつかれる!!

「きゃあ!!!」


バンバンバンバン!!!


目を開けると先ほどの男が銃を持って立っていた。


「だから、あんた、具現、この犬のこと!!!

見えてんだろ??あぶねー」


しゅわぁぁ。犬はまた跡形もなく消えてしまう


「具現?さっきから何言ってるのか、わかんない」


立とうとした瞬間右膝の出血に、気づく。


「いっつ」


涙が溢れてきた。こんなに怖い日は初めてだった。それと噛まれなくて良かったという安堵と、足の痛さと、訳のわからなさで頭がぐちゃぐちゃだった。早く家に帰りたい。今日はもう限界、、


半泣きになりながら「ありがとう」となんとか呟いた。


「・・・」


男は無言で私をおぶり、男の家に連れていった。


部屋に着くと明かりで部屋の内部があらわになる。予想していたよりも武器の数が多い。色々な形の鉄砲や剣、刀がたった6畳の部屋の壁にコレクションのようにかけられている。他に目につくのは、通信機みたいなものやパソコン2台、冷蔵庫と簡易的なベッドと今私が座っている木の椅子。

生活をここでしているのだろうか。

男が膝の手当てをする。

明かりの下でよく見ると男は大学生くらいの年齢に感じる。まつ毛が長い。

消毒液が傷に染みる。

「いっつぅ。あ、あのー。

さっき言ってた具現ってなんですか?

あとあなたは、何者なんですか?」


恐怖と訳のわからなさで頭がパンクしそうだ、早くスッキリしたい。

でもこの男からは、何故か"悪"を感じなかった。

男は漆黒の目をして真っ直ぐ私を見てから、また手当ての続きをした。


「・・・何も知らないってことか。俺の名前はさくと。あんたが他にも知りたければ伝えるが秘密にできる?でも、仲間になるしかない。」


葵は少し悩んで重い口を開いた。


「.....でも、どっちにしろ、知ってしまったら逃げられないんですよね。それが悪いことじゃないなら仲間に、、なってもいいけど。

でも、道理に反してるなら嫌だ。」


さくとの目を真っ直ぐ見て葵は答えた。


根拠などないが、この男がどうやら悪い奴ではないということがこの10分ほどで分かるから、仲間になってもいいと思ったのだ。


「フッ、道理。道理に反してるといえば反してる。でも、どっちかっていうと、悪じゃなくて正義の方だよ」


さくとは呆れたような、真相をもう知っている探偵のように答えた。


「さっきの犬は、どうして2匹現れたと思う?」

「え、、まだ死んでなかった?」

「違う」

「何匹も居た?」

「惜しいけど、、正確には違う」


「.....分からない」


さくとは立ち上がり、顎と唇に手を置いてリズムを刻んでいた。どうやったら私にうまく説明できるか悩んでいるようだった。

「喉、乾いた?」

唐突にさくとが聞く。

「う、は、はい。」

さくとは冷蔵庫から缶をとりだし、弧を描くように葵に投げた。

「わっ!」

受け取ったのはいちごミルクだった。それもさっき村本さんからもらったものと同じメーカーのもの。

「え、すごい。さっきもこれバイトの人にもらって、でも犬にぶつけたから申し訳ないなって思ってて。偶然?ふ、ふふふ」

偶然にしては出来すぎていて笑ってしまった。

緊張の糸がぷつりと切れる。


この男からのいちごミルクもまた想像できなかったからだ。


「それ。あんたが今飲みたかったんだよ。だから現れた。」


へ?言ってる意味が分からない。


「えっとぉ、冷蔵庫に入ってたんじゃ?」


「いや、入ってないよ。買ってないし、俺、甘いのそんな好きじゃない」


さくとはそういうとニヤリと笑い、冷蔵庫から缶コーヒーを取り出し床に座り込んだ。


「これが具現。想像したことが、現実に起こるんだよ。

たまに、ない?こうだったらいいなぁとかこうだったらやだなぁ、とかそういうのが実際に起こったこと、経験、ない?」


さくとは缶コーヒーを開けて飲み始めた。

葵は過去を思い出してみる。

確かに、そうやって思って実際に起こったことは何度かあった。いいことも悪かったことも、けど全部偶然かと思っていた。

「あるけど、たまたまかな?って思ったりしてた」

「たまたまねぇ。今日の野犬は、人々の恐怖が作り上げたんだよ。野犬のこと今日強く考えてなかった?

特に満月の夜は想像する人の特性によっては具現が強く出る」


「これを操れるやつや、具現をバンバン出せるやつが世の中には居るんだよ。あんたもきっと、そう」


-具現-


「私が出したってこと?さっきの犬を?」


「そう。あんただけじゃない、今日の野犬もだけど、世界中の人々が想像で怖いと思った時に出現した具現を、退治したり未然に防いだりするのが俺らの仕事なんだ」


-世界中の人が怖いと思った出来事が具現化してそれを退治したり、防ぐ-


「思いは強ければ強いほど、実際に具現化するんだよ。

俺らが戦ってるのは、その具現を利用してる奴らだ」


さくとは物憂げにコーヒーをもう一口飲むと、こちらをじっと見ていた。

漆黒の目が光る、それはあまりにも鋭く孤高の狼のようだった。


私の膝の傷はもうほとんど治っていた。


-つづく-

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