第八話 バンダースナッチ

 店を出てからは馬車に乗り、王国から出て南にあるエシャータの森へと向かう。

 森に入る直前で馬車から降りて、馬たちと別れた。ここからは歩きだ。


「さて、今から森の中に入るが、いつでも防御魔法を出せるようにしておけよ、アイテムもすぐに出せるようにな。あと、前後左右をよく見ること。木の陰とか草陰からモンスターが出てくる可能性もあるから警戒しろよ」

「わかってますよ、言われなくても」


 私たちは森の中に入った。

 草木が生い茂る、鬱蒼としていて、見晴らしも悪い。

 最大限の注意が必要なので、気が抜けない。

 常時防御魔法を出していたいぐらいだけど、そんなことしていたら魔力がすぐになくなってしまう。

 はぁ、無尽蔵の魔力があればなぁ、と思っていた時、

 視界の端で、茂みがかさかさと揺れたのを見た。

 いつでも魔法を放てるよう準備した。

 茂みから角の生えたウサギ――アルミラージがレイフ君に向かって飛び出してきた。


「プロテクション!」


 私はレイフ君の前に出て、防御魔法を発動する。

 硬い壁にぶつかるアルミラージ。レイフ君は素早く腰から剣を抜き、私の前に出て、一閃した。

 地に伏せる一角のウサギ。私はほっと一息ついた。


「リシア、後ろ!」

「へ?」


 後ろを向く、ゴブリンが棍棒を持って私に襲い掛かってきていた。

 まずい、防御魔法が間に合わない!

 と思った時、私の横を何かが通り過ぎて、次の瞬間、ゴブリンの額に剣が突き刺さった。

 どうやらレイフ君が剣を投げたようだ。

 レイフ君は倒れたゴブリンに近づき、剣を抜いて、血を払った後、鞘に剣を収めた。


「どうやら、モンスターを倒した後、油断した隙をつかれたようだな」

「そのようですね……」


 ゴブリンってけっこう、狡猾なんですよね。だから嫌いなんですよ。見た目も気持ち悪いし。

 レイフ君がこちらを向いて、鋭い目つきで見てきた。


「警戒しろって言っただろ、俺」

「していたつもりなんですが」

「つもりじゃダメなんだよ、警戒が足りないからさっき、危なかったんだろうが」

「う、そうですね、すみません……」

「頼むぜ、お前に怪我されると困るからな」

「はいはい、迷惑かけないように頑張りますよー」

「ちげぇよ、別に迷惑かけてほしくなくて言ったんじゃない」

「じゃ、どんなつもりで言ったんですか?」

「……おまえに傷ついてほしくないんだよ」


 真剣な顔でそう言うレイフ君。

 虚を突かれた。

 適当に彼の言うことを聞き流そうと思っていたのに、そんな気じゃなくなってしまった。


「どういう意味ですか?」

「どういうもなにも、そのままの意味だよ」

「……わかりました、気を付けますよ、レイフ君も気をつけてくださいね」

「お前に言われなくても気を付けてる、さ、いくぞ」


 私たちは再び歩き出した。

 私は先ほどのレイフ君の発言が頭から離れなかった。

 全く、なんなんですか、レイフ君のくせに。

 少し、ドキッとしちゃったじゃないですか、

 まぁ私はちょろくないんで、あれぐらいで好きになったりとかは全然しませんけどね。

 ……しませんけどね!

 と、そんなことより、今はあたりを警戒しないと。

 また、レイフ君に怒られてしまいますね。


 それから、私もレイフ君も最大限の警戒をしながら先へ進んでいった。

 木陰とかからモンスターが急に襲ってくることは何度かありましたが、なんとか私とレイフ君は連携して対処してきました。

 今のところはなんとか対処できてる。でも、それはまだ強力なモンスターと遭遇してないからだ。

 このまま出会わないことを願いながら進んでいた時、スライムが前の方からその粘っこい体を必死に動かして、こちらに向かってきた。

 防御魔法を発動する準備をしていたが、そのスライムは私たちを無視し、横を通り過ぎていった。

 まるで何かから逃げているような……。


「なーんか嫌な予感がしますね」

「リシアもか。こういう場合、たいてい強敵がいるんだよな」

「辞めてくださいよ、そういうフラグ立てるの」


 そして、案の定、エリア4まで行ったとき、強敵が待ち構えていた。

 草木の少ない広々とした空間の真ん中らへんに、そいつはいた。

 獰猛そうな顔、鋭い牙と爪、分厚い毛皮、四足歩行で太くがっちりした脚、いかにも俊敏そうだ。

 あれは――たしか、バンダースナッチというモンスターだ。

 できるならば接敵せずにやり過ごしたいが、そうもいかない。

 今日、張り替えないといけないのは、この先のエリア5にある回復ポイントなのだ。


「おいおい、まじかよ、冗談きついぜ」

「どうします?」

「どうしますって、やるしかないんじゃねぇの?」


 バンダースナッチが私たちを見ている……舌を出し、よだれをダラーッと垂らした。

 あれは、捕食者の目だ。私たちを攻撃対象に認識したんだ、

 そう感じたとき、バンダースナッチが動いた。

 ダンッと地面を蹴り、バンダースナッチはレイフ君にとびかかった。


「くっ!」


 レイフ君はすんでのところでかわすと、すぐさま、バンダースナッチの脚に切りかかった。

 しかし、足の表面をわずかに傷つけるのみで、剣は深く刺さらなかった。


「グオオオ!」


 一応ダメージはあったようで、バンダースナッチが鳴き声を上げる。

 空気がびりびりと震えた。

 このままじゃ、レイフ君が危ない!

 私はバッグから急いで臭玉を取り出す。

 バンダースナッチがレイフ君の方を向いて、攻撃モーションに入った。

 私はそんなやつの顔に向かって、臭玉を投げた。

 顔からは外したが、足元に着弾し、粉が舞い上がった。


「グウウウ!」


 バンダースナッチは叫び、地面を転がった。

 顔に直撃はしなかったが、効いたみたいでよかった。

 四足歩行系のモンスターは嗅覚が鋭いことが多いのだ。

 と言っても、これは強敵に対してはちょっとの時間稼ぎにしかならないので、気は抜けない。


「レイフ君、いったん下がりましょう!」

「ああ!」


 私とレイフ君は、バックステップでバンダースナッチから距離を取った。

 20メートルくらい離れたところで、やつは体勢を立て直した。

 まだ顔をしかめているが、もう問題なく動けそうだ。

 立ち直るのが早い。並のモンスターならまだ強烈な臭いにもだえ苦しんでいるのに。


「グオオッ!」


 バンダースナッチが雄たけびを上げて、こちらへ凄まじいスピードで向かってくる。

 速い、でもこれなら防御魔法は間に合う、

 と思った時、バンダースナッチの首がぐんっと伸びた。


「なっ!」


 だめだ、防御魔法が間に合わない!

 と思った時、


「リシア!」


 レイフ君が飛び込んで、私を突き飛ばした。

 私はレイフ君の少し先で倒れ、バンダースナッチはレイフ君の後ろを通り過ぎていった。


「レイフ君!」


 私はレイフ君に駆け寄る。

 彼の背中には痛々しい傷があり、血が流れていた。

 バンダースナッチの牙が背中をかすめたのだろう。

 かすめただけでこの威力、おそらく直撃していたら死んでいた。


「大丈夫ですか!?」

「なんとかな……リシア、俺の前に来い、俺が合図を出すから、その瞬間に防御魔法を展開するんだ!」


 言われて、レイフ君の前に立つ。レイフ君を私の後ろに隠す形だ。

 バンダースナッチが逆方向を向いていた体をこちらへ向けてくる。


「合図を出すって言っても相当早いですよ、こっちに向かってきてから防御魔法を使っても間に合いません」

「大丈夫だ、来る前にわずかにだが予兆がある、前足が若干、震えるんだ」


 バンダースナッチが私たちをじっと見ている。

 目があった気がした。


「今だ!」


 とレイフ君が私の後ろで叫ぶ。私はすぐに防御魔法を展開した。


「プロテクション!」


 バンダースナッチがとびかかり、私の前に展開された防御壁をひっかいた。

 がぎぃぃ、という音とともに、反動で敵は後退する。

 レイフ君が後ろから臭い玉を顔に向かって放り投げた。そしてそのあとすぐに煙玉を放り投げる。


「グオオオオオ!」


 バンダースナッチがもがく声が聞こえる。臭い玉の悪臭に鼻をやられているのだろう。


「リシア、引き返すぞ」

「え、でも、回復ポイントはこの先のエリア」

「この状況じゃ無理だ。俺は手負いだし、あいつをやり過ごして奥へ行くのはどう考えても不可能だ。課長には怒られるだろうが、撤退するしかない」

「……そうですね、あきらめるしかありませんか」


 そして私はレイフ君に肩を貸して、煙が蔓延する中、来た道を引き返した。

 全く休まず進み続け、エリア2に来たところで、いったん休憩することにした。

 大きな木の下で、私もレイフ君も木に寄りかかった。


「はぁ、疲れましたね」

「ああ、ほんとにな」

「……怪我、大丈夫ですか?」

「最初、そんなに痛くなかったんだけど、ちょっと前から痛み出した」

「薬草、食べないんですか?」

「ああ、忘れてた」


 彼はバッグから薬草を取り出し、もしゃもしゃと食べはじめる。

 薬草は疲労回復と、けがの直りを早くする効果がある。

 回復魔法だったら、すぐにこれくらいの傷、治せるんだけど、私もレイフ君も使えないからな。


「なんで私をかばったんですか?」

「怪我してほしくないって言ったろ」

「言いましたけど、自分が怪我してまですることですか、馬鹿じゃないですか、まったく」

「まぁ、お前のような自己中な女はそう感じるだろうな」

「な、なにをー」

「はははは!」


 レイフ君が目を線にして笑う。

 が、すぐに笑うのをやめて、真剣な顔になった。


「……実はさ、怖いんだ、仲良くなった奴が辞めていくのが。大きな怪我したり、死んだり、鬱になったりして、やめていったやつが大勢いて、お前もそうなるんじゃないかと不安なんだ」

「やめませんよ、まだ」

「まだ、か」


 だって、私はイケメンのお金持ちと結婚して専業主婦になるんですし。

 まぁ、でも、今日、レイフ君には助けられましたし、もう少しだけいてあげてもいいですね。

 私とレイフ君はそれから休憩を切り上げて、ゆっくりと町へ戻った。

 職場へ着いて、仕事を失敗したことを伝えると、課長に怒られた。

 予想外のトラブルに遭遇したこと、バンダースナッチという強力なモンスターがいたことを報告すると、また冒険者ギルドに行くように言われ、レイフ君とともに報告しに行って、その日の仕事は終了した。

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