第六話 残業をどうやったらすくなくできるか会議しよう、なお、その会議は残業して行う

 ニコラハム君が入社して一週間がたちました。

 仕事にも少しは慣れてきたかな、と私は思っていた。

 そんな彼ですが、今日は始業時間になっても、会社に来てません。


「ニコラハム君、遅刻ですかね、新人なのに、よくないですね、これは。いや、新人じゃなくても遅刻はダメなんですが」


 私は少し怒りを込めて言いました。

 メリンダさんもうんうんと頷いています。

 レイフ君は……特に反応はないですね。なにやら書類をじっと見ています。

 課長は奥の席で事務作業をしながら事も無げに、


「ああ、ニコラハム君なら昨日辞めたよ」

「へ? 課長、今なんと」

「だから辞めたんだよ、ニコラハム君」

「嘘でしょう? まだ一週間しかたっていませんよ!?」

「べつに珍しくないだろ。前の新人もそれぐらいでやめたし」


 とレイフ君が書類にペンでなにやら記入しながら言いました。

 私は数か月前のことを思い出す。


「ああ、たしかにそうでしたね」

「でも、これじゃあ人手不足がいっこうに改善しないわねー」


 とメリンダさんが頬杖をついて言う。

 課長が腕を組みながらうーんとうなっています。


「何がいけないんだろうなぁ」


 と本気でどうしてすぐやめるかわかっていなさそうな感じで課長は言っていました。

 うん、なんというか、思い当たる節がありすぎるくらいあるんですよね。

 まず入社初日から危険な仕事をやらせたり、ダンジョンで想定外の強敵にあって死んだり、

 初日から思いっきり残業したり、それからもサービス残業が続いたり……


 ……うん、やめてもしょうがないかもしれませんね、これは。

 私も入社したばかりのころにこんな目にあったら心が折れていたかもしれない。


「そろそろ、本格的に対策をうたないとな。みんな、今日の午後に会議をしよう、どうしたら新人が辞めるのを防げるか、議論しようじゃないか」


 課長がそう言うと、私たちは微妙な顔になった。

 この手の会議で建設的な議論ができたためしがないからだ。

 いちおう、どうしたら新人が辞めないようにできるかの改善案は上げることはできる。

 それはレイフ君やメリンダさんも同じだろう。


 でも、サービス残業を減らすべきとか、そういうことを言っても、それが実現するのかと言うと、まず間違いなくしないだろう。

 結局、時間だけ無駄に浪費をすることになるに違いない。

 私もレイフ君もメリンダさんもそれが容易に想像できるからこそ、あまり乗り気じゃないのだ。

 やる気があるのは上の連中だけ。

 他の会社に勤める知り合いとかに聞いても、だいたい会議というのはそんな感じらしいです。


 さて、今日は全員外での仕事がなかったので、事務作業を途中で中断して、

 午後に会議を開きました。

 狭い会議室に四人が集まり、


「さて、では、今から会議を始める」


 ぱちぱちぱちぱち、と拍手をする課長。

 しかし、課長以外、誰も拍手をしていない。

 それを見て、課長は何も言わないが、責めるような目つきで私たちを見ながら、拍手を孤独に続けるので、私とメリンダさんもレイフ君も仕方なしといった感じで、ぱち……ぱち……ぱち……と控えめな拍手をした。

 課長は不満そうだったが、「まぁいいか」とつぶやいて、ぱんっと手を打つ。


「最近、新入社員が入っても、すぐやめてしまう。弊社は深刻な人手不足であり、これをすぐにでも改善しなければならない。なにかいい案がある人は挙手してくれ」


 課長はそう言うものの、だれも挙手する人はいない。

 しーん、というオノマトペが聞こえてきそうな沈黙が場を支配している。

 どうせ言っても却下されるか、採用されたとしても、実現しないだろうしなぁ。

 とたぶんみんな思っているから、手を挙げないのだろう。

 課長はいらいらした感じを声ににじませながら、


「誰か意見はないのかね、そうだ、最近、本で勉強したんだが、こういうときは、とりあえずどんな突拍子のない意見も否定せずに、忌憚ない意見を自由に出してみるのがいいらしい。・みんな、自分の意見がの良し悪しを気にせずに発言してほしい。そして出た意見に対してけっして頭ごなしに否定しないようにしよう」


 またすぐそーやって付け焼刃の知識を深く考えず使っちゃって。

 私もその会議のやりかたは知っていますが、うまくいかない場合も結構あるんですよね。

 本題とはずれた意見が出まくったり、現実的じゃない意見ばかりが出たり、結局いい案が一つも出ずに終わったりとかするんですよねー。


 とか考えながら、周りを見回すが、なおも誰も発言しようとはしなかった。

 レイフ君は退屈そうにあくびをしているし、メリンダさんはなにか絵を描いている。

 どうせろくな絵じゃないので、あまり視界に移さないようにしましょう。

 課長がしびれを切らして、


「しかたない、それじゃ、一人ずつ順番に意見を言ってもらうことにするか」

「ええー」

「なんだ、アーネット君、不満か?」

「まぁべつにいいんですけど、課長はなにか意見とかないんですか?」

「俺か、うーん……いや、俺の前に、みんなに意見を言ってもらおう、アーネット君、なにか意見を言ってくれ」


 うわ、この人、自分が思いつかないからって、後回しにしたよ。

 しかたないですね、どうせ実現しないでしょうが、忌憚のない意見というのを言ってやろうじゃないですか。


「そうですね、残業が多いのがいけないんじゃないでしょうか? ニコラハム君も入社したばかりなのに毎日数時間は残業していましたし」

「残業が多いだと、この程度で何を言っている、私の若いころはもっと残業していたぞ、今の若いものは怠け者ばかりだな」


 うわ、でたよ、老害がよくしますよね、この手のマウント。

 時代は変わるんですよ、昔のやり方じゃ今は通用しません、と大声で言ってやりたいです。

 ていうか、出た意見を否定しないんじゃなかったっけ?

 まぁ、どうせこうなるだろうとは思っていましたが。


「メリンダ君は、なにか意見はあるかね?」

「そうですねー、もっと楽しく仕事ができるようになればいいんじゃないでしょうかー」

「ほうほう、具体的には?」

「そうですねー、もっと死体の多いダンジョンに仕事に行ったら、面白い死体とか美しい死体とかたくさん見られて、楽しく仕事ができると思うんですよねー」


 それは……メリンダさんが楽しいだけじゃないでしょうか?

 メリンダさん以外の全員が微妙な顔をする。

 だがまぁ、楽しく仕事ができるようになったほうがいいということ自体は、悪い意見じゃないですね。

 レイフ君もそう思ったのか、


「たしかに楽しく仕事ができるのは大事だよなー」と同意する。

「そうはいうが、仕事なんて楽しくないものだろう」と課長が言う。


「まぁ、基本的にはそうかもしれませんが、それでも日々の仕事を少しでも楽しくすることが離職率を低下させることにつながると思うんすよね」

「ふむ、そうは言うがなぁ、どうすれば楽しいと思ってもらえるんだ?」

「そうですね、まずは人間関係じゃないでしょうか、みんな新人に優しくしてますか?」


 レイフ君が私たちを見回して言う。

 私は……優しくしてるよね? 少なくともそんなひどい扱いはしてないと思うけど。

 ニコラハム君にも教えるべきことは丁寧に教えたつもりだし。


「私は優しくしてるつもりだぞ」

「私も、そんな厳しく接してはないと思うけど」


 課長,次いでメリンダさんがそう言う。

 課長は本人はそう言っているけど、ニコラハム君に対して優しかっただろうか?

 あまりそうは感じないけど……。

 メリンダさんはそもそも新人と全然接していないように感じる。


「優しくしてるつもりじゃだめだと思うんですよね。はっきり言っちゃいますけど、課長はなんか高圧的なんですよね、言動とかが。顔もいつも険しいし、新人は怖がると思うんですよ。もう少しニコニコした方がいいと思います、口調ももっと穏やかなかんじのほうがいいんじゃないでしょうか」

「え、そうかな、俺、そんな怖い顔してる?」


 課長が私たちを見回して言う。

 全員、うんうんと頷いた。


「試しに笑ってみてください」


 とレイフ君が言うと、課長はニタァ、と不気味な笑みを浮かべた。

 うん、これならしない方がいいかも。

 私もレイフ君もメリンダさんも苦笑いを浮かべた。

 レイフ君はメリンダさんの方を見て、


「あと、メリンダもさ、結構怖いと思うんだよ」

「え、私ですか?」

「ああ、あんまり新人にかまったりしないだろ、お前」

「それはまぁ、そうですけど」

「なんていうかメリンダは、新人が頼りづらい先輩になってると思うんだよな。面倒見よくないし、なんか気持ち悪い死体の絵ばっかり描いているし」

「気持ち悪くないですよ!」


 とすごい剣幕で怒ってきたので、レイフ君は若干ひきながらも謝った。


「いや、あー悪い。言いすぎた。まぁ、でも、ちょっと初めて見る人は驚くような絵ばかり描いているから、きっと怖いと思うんだよな」

「でも、これが私の生きがいなんです」

「せめて、新人が見ているところではやめてやれ」

「えー……まぁ、できるだけそうします……」


 とメリンダさんはしょぼんとする。

 まだまだレイフ君は言いたいことがあるようで、彼の話は続く。


「あとは……新人に厳しい仕事させすぎなんじゃないかと思うんだよな」

「あー、まぁ、そうですね……」


 と私は頷く。

 やっぱり入社初日にあの仕事は新人にはハードすぎたよねぇ、あれはトラブルもあったとはいえ。

 課長は首をかしげる。


「そうか? そんな厳しい仕事させているか?」

「させていると思いますよ、俺から見ると、この前の外の仕事で、新人一回死んじゃったらしいじゃないですか」

「ああ、あれは、低階層に本来いないはずのモンスターがいるというトラブルがあったから……」

「それを踏まえたうえでも厳しい仕事だと思うんです。入社初日にモンスターがたくさんいるダンジョンにいきなり頼りなさそうな先輩と二人で仕事っていうのは精神的にも肉体的にもきついと思うんですよ」

「ちょっと、頼りなさそうな先輩って何ですか!?」


 私は抗議をするが、課長は私を見て、「たしかにそうだな……」と言う。

 メリンダさんも「そうね……」と私を見て、納得している感じの顔だ。


 なんですか、なんなんですかもー! みんなして!

 私、ちゃんと先輩やってましたよ、アビサルモーの時はニコラハム君を守り切れず、死なせちゃったけど、あれは私が言ったことを守らずに彼が勝手に離れていっちゃったせいですし、それまではちゃんと防御魔法で彼をモンスターから守っていましたよ。

 頼りになる先輩でしたよ、ええ、客観的に見ても!

 そして、レイフ君のターンはまだ続く。


「ダンジョンに行く前に、もっと座学とかをしておくべきじゃないんでしょうか。ダンジョンの危険性を行く前にしっかり教えるんです。できればマニュアルとかも作ったほうがいいと思いますね」

「なるほど、なるほど……」


 と課長はメモを取る。

 なんかさっきからずっとレイフ君の意見を聞くだけになってますね、私たち。

 課長なんて結局、まったく何も自分からは意見を言ってないですし。


「レイフ君、他に何か意見はあるかね?」

「そうっすね、まぁすでにリシアのやつが言っていたけど、残業多すぎじゃないですかね、新人にあんなに残業させたら辞めたくもなりますよ」

「うーん、そうかな? まぁでもレイフ君が言うならそうなのかもな。うん、確かに残業多いかもしれないな」


 と課長が何度か頷く。

 いや、ちょっと待ってください、私がそれ言った時はただ否定しただけだったじゃないですか。

 うう、何を言ったかじゃなく、だれが言ったかのほうが大事ということですね、世知辛いです……。


 まぁ別に私が言ったことが採用されなかろうが、レイフ君が言ったことが採用されようが、結果的に私たちにとっても居心地のいい会社になるのなら、些細なことは気にしませんよ、ええ。

 課長はポン、と手を叩いた。


「よし、今からどうやったら残業が少なくできるか、話しあおう! 何か意見のある人は!?」


 え、あの、もうすぐ定時なんですけど……

 え、まじで今からそれについて話し合うんですか、ええー--。

 その後、どうやったら残業が少なくなるかの会議を定時から一時間以上過ぎるまでやった。

 しかもそれだけやっていい案は全く出なかった。

 ああ、早く結婚して、こんな会社すぐやめなきゃ……。

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