第五話 毒舌イケメン神父

 教会はこの町の中心部にある、私の職場から二十分くらい歩いたところにある場所だ。

 今回は死体を運ばないといけないので、三十分以上かかってしまった。


 教会の中に入ると、神父が神の像の前で女性たちに囲まれていた。


「神父様、私と付き合ってください」

「すみません、私は神に仕える身なので」


 一人の女性から受けた告白を彼はやんわりと断っていた。

 女性たちはそれを聞いて、がっくりと肩を落として、とぼとぼと基部素を返し、私の横を通り過ぎていく。


 見かけるたびに、女性に告白されているので、相当もてているようです。

 信徒の中には彼にガチで恋している人もいるようですし、そもそも彼とお近づきになるために信徒になる人もいるようです、まったくけしからん人たちですよね。

 あの神父の何がそこまでいいのでしょうね?

 まぁ確かに顔はいいのですけど、でも性格くそですよ?


「何か用ですか? リシアさん、あなたみたいな煩悩の塊のような人は、このような神聖な場所に入ってほしくないんですけどね」


 神父がすっと目を細めて、私を見てくる。

 ほら、性格最悪でしょ?

 神父の近くまで行くと、彼は半歩後ろに下がった。


「なぜ離れるんですか?」

「いや、あなたみたいな人の近くにいたら、汚れると思って」

「汚れませんよ、なんですかもう、人をバイキンみたいに」

「え、バイキンじゃないんですか?」

「違いますよ、私は見た目も心もきれいです!」


 まったく、私のような美少女になんて言い草ですか、もう。

 神父はけらけらと笑っている。

 いらっとした。


 まったく、いい顔で笑いますね、相変わらず。顔だけはいいのがなおさらむかつくんですよね。

 初めて見たときは、私も少し見惚れてしまいましたし。

 まぁ、そのどす黒い性格を知った今では、この顔を見ても全然ときめかないどころか、怒りすらわいてくるほどなんですが。


 性格さえもう少しましであればなぁ、付き合ってあげてもいいのになぁ。

 と神父を残念な気持ちで見つめていると、睨まれた。


「なにかよくないことを思われているようですね、どうやら」

「あなた、心でも読めるんですか?」

「そんなわけないじゃないですか、あなたは顔に出やすいからわかりやすいだけですよ」


 え、私ってそんなに顔に出やすいの?

 これからは気を付けよう、私はポーカーフェイスのクールな女になるのです。


「で、何の用ですか? まぁそれを見ると察しはつきますけど」


 私が持ってきた死体袋をちらと見る。


「新しく入ってきた子がダンジョンで死んでしまったので、蘇生してほしいんです」

「またですか。新人に危険な仕事をさせるのやめましょうよ」

「私じゃなくて、私の上司の人たちに行ってくださいよ、それ」

「あなたの上司に言っても、聞く耳持たないじゃないですか、まぁ蘇生するのはいいんですけど、代金として金貨十枚払ってくださいね」

「高すぎでしょ、ぼったくりー、守銭奴ー!」

「黙りなさい、愚かなクレーマーよ、まったく蘇生を軽く見てますね」

「でも、こんな高額だと蘇生したくてもできない人がいるんじゃないですか」

「それはもちろんいますよ」

「そういう人は救わないんですか?」

「ええ、もちろん」

「ええー」

「なんですか、その反応は。代価なしに死んだ人を生き返らせようとする方が問題でしょう、

蘇生が高額なのは、それだけ蘇生が重大なことで軽はずみにしてはいけないんだって思わせるためなんですよ」

「でも、それは建前で、教会も本音のところを言うと、お金がたくさん欲しいんでしょ?」

「それはもちろん」

「ほら、やっぱり教団は真っ黒だ!」

「真っ黒じゃありません、あなたはすぐ悪い方へ結論を持っていきますね。教団だって運営資金が必要なんですよ。潤沢な資金があるからこそ、慈善事業をすることができるんです」

「人を救うのにもお金がたくさんいるということですか、なんだか世知辛いですねー」

「それが現実ですから、それで払うんですか?」

「ええ、もちろん」


 私は袋から金貨十枚を取り出し、神父様に手渡しました。

 神父様は十枚ある華ちゃんと数えて、一つ一つの金貨が本物かもじろじろ目で見て確かめた後、ポケットから袋を取り出し、そこに十枚分金貨を入れた。


「たしかに本物の金貨十枚分受け取りました」

「そんなじっくり観察しなくても、ちゃんと本物ですよ」

「いや、あなたたちは信用できないのでね」


 まったく、神父なのに疑り深い人ですね。

 もう少し人を信じてもいいんじゃないでしょうか。

 神父様が死体袋の中を見る。

 そして死体袋を担いで、奥の部屋へ進んでいく。


 あれを楽々持ち上げるとは、何気にすごい怪力ですよねぇ。見た目は細く見えるんですけど。ひょっとして昔は冒険者か何かだったりしたんですかね?

 私も神父の後をついていき、奥の部屋へはいると、殺風景な部屋の中心に大きな魔方陣が描かれていた。

 神父様は死体袋を魔法陣の中心において、なにやら呪文を唱えだした。


「いと慈悲深き神よ、罪深き我らに許しを、そして我にことわりを曲げる力を、目の前の哀れな人間に救済を……」


 てなかんじで神父様は長々と言葉を紡ぎ続ける。

 長いんですよねー、この詠唱。

 数分くらい経過した後、ようやく詠唱が終わると、魔法陣が光りだした。

 死体袋が光に包まれる。数十秒の間光り続けた後、魔法陣から光は消えた。

 そして、ごそごそと袋から男が這い出てきた。


「ぷはぁっ、ここはどこですか?」

「ここは教会です、あなたは一度死んで、蘇生魔法で生き返ったのですよ」


 神父様はニコラハム君に手を貸して、立ち上がるのを手伝った。

 ニコラハム君の様子を眺める。

 うん、見たところ、これといった異常はないかな、

 蘇生は一応成功したみたいだ。


 と言っても、蘇生にはデメリットがある。

 個人差はあるが、身体能力や知能が低下したり、けがが治りにくくなったり、蘇生後しばらくは気怠さが続いたりする。

 だから、冒険者や私たちのような仕事をしている人たちは、死んでも生きかえられるじゃん、なんて考える人は少ない。

 蘇生後の能力の低下が著しくて、冒険者をやめる人もいるくらいだ。

 私の会社もそれで辞めていった人たちが過去に何人もいる。


 そこら辺のデメリットがニコラハム君にどれくらい出ているかは、今のところはわからないとしか言いようがないですね。

 今後明らかになっていくことでしょう。

 私はニコラハム君にいくつか質問をすることにする。


「ニコラハム君、死ぬ前のことはどれくらい覚えていますか?」

「えーと、なんか見た目がすごい怖い化け物に遭遇したのは覚えているんですけど、うーん、よく思い出せない……」

「地下迷宮に入ったことは覚えていますか?」

「朝、先輩と一緒に来を出たことは覚えているのですが……」


 うん、死ぬ直前の記憶をだいぶ忘れてしまっているようですね。

 蘇生後は記憶が混濁する人が多いんですよね。

 まぁ、徐々に記憶を取り戻していくものなので、大丈夫でしょう。


「じゃあ蘇生も終わったことだし、これでお暇させていただきますね」

「帰る前に神に懺悔でもしてはいかがでしょう」

「あ、けっこうです、私、懺悔することとかないので」


 と言うと、神父様は肩をすくめ、私をジトっとした目で見た。

 なんですか、その顔は。まるで私が懺悔することがたくさんあると言いたげですね。


「あっ、そうだ、ちょっと奥の部屋まで来てください、あなたにやってほしいことがあるんですよ」

「私に? なんですか、手短に済ませてくださいよ」

「ええ、大丈夫です、すぐに終わりますから」


 神父についていき、奥の部屋に入ると、そこでは部屋の中央に長細い四角柱型の台があって、その上に透明な水晶が置かれていた。

 それ以外の調度品は全くと言っていいほどない。

 神父様が水晶が置かれた台の傍まで行って、言う。


「アーネットさんにこの水晶を持ってみてほしいんですよ」

「なんですか、この水晶は? 持つと何かあるんですか?」

「この水晶を持つと、その人の心が反映された色になるのです、きれいなこころをもつものはきれいな色に、汚い心を持つものは、汚い色になります」

「へー、神父様が持ったら、どす黒い色になりそうですね」

「そんなことないですよ」

「へぇ、じゃあ持ってみてくださいよ」


 にやにやと笑う私を見て、彼は小ばかにするような笑みを浮かべ、水晶を持った。

 澄んだ湖のようなきれいな水色だった。


「どうです、心がきれいだとこういう色になるのです」

「おかしい、これ、粗悪品じゃないですか?」

「いいえ、中央正教会が製造したものですし、作られたばかりの新品ですよ」

「いや、そんなはずはない、ぜったいおかしいです、こんなの」


 神父が憐みの視線を向けてきた。


「なんですかその顔は」

「いや、自分に不都合な現実を認められない、残念な頭の人だなって」


 かっちーんときた。


「ほら、あなたも持ってみてください」


 神父に手渡され、それを持つと、水晶の半分は濁った黄色になり。もう半分は桃色になった。

 どす黒い色になったらどうしようと思ったので、少し安心した。


「この色はどういう意味なんですか? 汚くはないですよね?」

「これは、あなたの心が煩悩だらけなことを表していますね」

「はぁ? そんなはずないです」

「この濁った黄色は金銭欲の高さを表していて、この桃色の部分は色欲ですね、魅力的な異性をどんな汚い手を使ってでも手に入れたいという自己中な欲望の現れです」

「全然当たってませんね、私はいつも世界平和とか、そういうことを考えていますし」

「そうでしょうか? とても当たっているように感じますが?」


 とにやにやといやらしい笑みを浮かべるクソ神父。

 むかつく、なんでこの男が持ってもきれいな色になるのよ。

 ニコラハム君はというと、興味深そうに水晶を見つめていた。


「ニコラハム君もやってみてください」


 私が手渡し、ニコラハム君が持つと、水晶は暗い青色に染まった。


「これは、僕の心は醜いということでしょうか?」

「いいえ、違います、これは自信のなさなどを表していますね、あなたは自己評価が低くて、落ち込みやすい人なんだと思います。もっと自分に誇りを持っていいと思いますよ」

「あ、ありがとうございます」

「なんかニコラハム君には優しくないですか?」

「私はどんな人にも優しいですよ?」

「私には優しくないじゃないですか」

「あなたは人としてカウントしてませんから」

「うわ、ナチュラルで差別してきましたよ、この人、神父としてどうなんですか、その態度は」

「うるさいですね、騒ぐならもう帰ってほしいですね」

「言われなくても帰りますよ、ええ、すぐにでも、ニコラハム君、行きますよ」

「え、あ、はい」


 そして私は足早に教会を出た。

 そのまま会社に戻りそうになって、思い出した。

 そうだ、冒険者ギルドに寄っていかないといけないんだった。


「すみません、忘れてました。冒険者ギルドに寄っていきます」

「冒険者ギルド? 何しに行くんですか?」

「今回、地下迷宮の二層に本来ならもっと下層にいるはずのモンスターがいたんです。だからそれを冒険者ギルドに報告しておくんです」


 引き返して、教会から十分ほど歩き、冒険者ギルドにたどり着いた。

 中に入ると、強面でガチムチの冒険者たちの視線を一斉に浴びる。

 ニコラハム君がびくっと震えた。こそこそと小声でニコラハム君が話してくる。


「僕、冒険者ギルドに来るの、初めてなんですけど、なんか怖そうな人たちばかりですね」

「堂々としていなさい、あなたみたいにあからさまにおびえちゃうと、なめられて喧嘩吹っ掛けられたりするから」

「お、おっかないところですね……」


 受付まで行き、受付嬢に今回の件のことを報告すると、ギルドマスターを呼んでくると言って奥の扉へ消えていった。

 数分後、ギルドマスターが来て、二階の応接室へ案内され、私は詳細を語った。

 ニコラハム君は終始、きょろきょろしたり、そわそわしたり、落ち着きがなかった。


「なるほど、たしかにそれは憂慮すべき事態ですね。このことは各スタッフにも知らせておきます。掲示板にも張り紙をしておきましょう。政府にもこの件は報告しておいた方がいいですね、それも私のほうでやっておきます」

「助かります」

「今回はご報告ありがとうございました」


 ギルドマスターから深々とお礼をされた後、私たちは冒険者ギルドを出た。

 これでようやく職場に戻れる。

 定時の時間はすでにとっくにすぎているし、職場に戻ったら、すぐに家に帰ろう。

 あ、そうだ、始末書書かないといけないんだった。面倒だな……。


「あの……」

「ん、なに、ニコラハム君」

「いつもこんなに危険な仕事をされているんですか?」

「いつもではないけど、これくらいのトラブルはそう珍しくはないわね」

「そ、そうですか、僕、この仕事、うまくやっていける自信がないです」


 とニコラハム君は顔を暗くする。


「まぁ、そのうち慣れてきますよ、大丈夫ですって」

「そうでしょうか……」


 となおも沈んだ顔をしている。

 あちゃー、やっぱり初の外での仕事がこれはやっぱりきつかったかなぁ。

 すぐに立ち直ってくれるといいけど……。

 新入社員の今後に不穏なものを感じながら、私は職場に戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る