第二話 アウルベア

 はい、山へ着きました。

 山のふもとまで馬車に乗せてもらいましたが、ここからは歩きです。はぁ、しんど。

 乗り心地はあまりよくないとはいえ、馬車の中はそれなりに快適でした。

 遠ざかっていくお馬さんに、名残惜しく思いながら手を振ります。


 えーと、資料によると、貼りなおす回復ポイントがあるのは四合目ですね。

 はぁ、ここからだと一時間以上かかりますね、しんどいです。

 どうやら四合目には結構強力なモンスターがいるみたいですし、憂鬱だなー。


 少し急いでいきましょうか。

 四合目まで、スライムやゴブリンなどの雑魚敵をスルーして進んでいきます。


 あんなのいちいち相手していたら日が暮れちゃいます。

 なるべく攻撃は避けて、避けきれない場合は防御魔法のプロテクションで防いで、戦わず進んでいきます。


 そして一時間くらいした後、四合目に着きました。

 木々や草むらが続く中、少し視界が開けたところに、回復ポイントがありました。

 そして厄介なことに、そのポイントの手前に、資料にあった強大なモンスターであるアウルベアがいました。


 フクロウのような頭に、体毛に覆われた巨体、鋭利な爪、見るからに強そうです。

 私では倒せないでしょう。まぁ倒す必要なんてないんですが。


「グルルルルル」


 アウルベアの視線がこちらを向きます。

 あ、気づかれちゃいました。

 こちらへ四足歩行でダッシュしてきます。すごい速さです。避けるのは無理そうですね。

 あっという間に私の眼前まで来ると、アウルベアは腕を振り上げました。


「インビジブルシールド!」


 眼前に透明な盾が出現し、鋭い爪によるひっかきを防ぎます。

 爪が弾かれて、アウルベアが少しよろけました。


 その隙にアウルベアの横を通り過ぎ、回復ポイントへダッシュ!


 背後をちらっと見ると、体勢を立て直したアウルベアが再び私に向かってこようとしてました。


「プロテクション!」


 私の体を固い膜のようなものが覆う。

 これでしばらくの間は攻撃されても安心です。


 回復ポイントまでたどり着くと、アウルベアの足音がすぐ後ろで聞こえました。

 キィィンッという音。アウルベアが私の背中を攻撃したようですが、先ほどかけたプロテクションが守ったようです。


 次の攻撃が来るまでの間に、私はバッグからアイテムを取り出しました。

 それは臭い玉というアイテム。今朝、会社を出る前に入れたやつです。


 振り向いて、それをアウルベアの顔に向かって投げつけてやります。

 鼻のあたりに当たるとボールがはじけ、中から強烈なにおいを放つ粉末がまき散らされました。


「グオオオオオ!」


 鼻を抑えて苦しみもがくアウルベア。

 続いて、私はもう一つバッグからボール状のアイテムを取り出し、それを地面に向かってたたきつけました。


 叩きつけた地面から、もくもくと煙幕が出始めました。

 さっき投げたのは煙玉です。

 これで数十分は視覚でも嗅覚でも私を視認できないでしょう。

 その間に古くなった魔法陣が描かれた布を回収し、新しい布を張りなおしました。

 そしてそれを終えたらすぐに逃げます、逃げるが勝ちです。


 二合目のところまで来ると、私は適当な木陰で腰を落ち着けました。

 ふぅ。ここまでくればもう追っては来ないでしょう。

 これで今回の依頼はほぼ達成したようなもんです。肩の荷が下りました。


 アウルベア、噂通りの危険なモンスターでしたね、

 私は防御魔法に特化しているので、こうやって逃げることだけなら大丈夫ですが、いざ倒せと言われたら、絶対に無理な相手でしょう。

 本当は回復ポイント付近にいる魔物は倒しておいた方がいいのですが、それは別の人に任せるとします。

 まぁそのうち冒険者ギルドに討伐依頼が出るでしょう。


 私もあれくらいの魔物を倒せるようになりたいなー。

 でも、私は非力ですし、攻撃系の魔法も才能がなくて習得できなかったんですよね。

 これは私が冒険者にはなれない理由のひとつです。


 私のように防御特化でも、効果範囲がひろかったり、他人に対しても使えたり、といった人だったらパーティに入れたいっていう人が多いんですが。

 私は自分ひとりを守れるくらいの魔法しか使えないのですよ。

 要は私の上位互換がたくさんいるので、仲間として欲しがる冒険者パーティがないということです。

 悲しい話ですね、ぐすん。


 かわりに、この仕事には向いているようですがね。

 店長にはお前にこの仕事は天職だ、と入社時に言われましたし。

 正直、こんな仕事に向いていてもなぁという感じです。もっと楽に金を稼げそうな才能が欲しかったですね。


 さて、休憩を終わりにして、そろそろ職場に戻りますか。



「ただいまもどりましたー」


 職場に戻ると、イケメンが出迎えてくれました。


「おう、お帰り、リシア」

「あれ、レイフ君だけですか?」

「ああ、課長もメリンダも外に出てるよ」

「そうですか……レイフ君は無能だから仕事がないんですね……」

「いや、違うし、俺、今ちゃんと仕事してるから」


 と、書類の束を見せつけてきました。


「いいじゃないですか、デスクワーク、外の危険な仕事よりはましです」

「あのなぁ、これはこれで大変なんだぞ」


 とあきれた視線を向けてくるレイフ君から目を外して、私は自分の席に向かおうとして、やめました。

 そうだ、今、あのハゲ、いないんだったら……ふふふふふ

 私は課長の席へ行きました。


「課長がいない隙に、ふふ、座っちゃいます」

「おいおい」

「ふふふ、いい眺めですねぇ、ここからだと仕事をさぼっているかどうか、わかっちゃいますね。だから私、よく怒られていたのか」

「おい、課長に言うぞ」

「お願い、黙ってて。そうしてくれたらほんの少しだけいいもの見せてあげますよ? うふーん」


 ちらっと、シャツからのぞく胸の谷間を軽く見せるが、しかしこのイケメン君は顔色一つ変えずに目をそらした。

 ちぇーつれない態度です。


「むむむ、傷つきますね、わたし、それなりに美少女だと思うんですが」

「自分で言うか……。たとえ美少女でも、その胸じゃな」

「あ、女性に胸のことを言うのはダメですよ、セクハラです! 最近は厳しいんですからね、そういうの!」

「自分から谷間見せてきたやつが何言ってんだか……」

「まったく、課長だけずるいです、こんな高そうなふかふかの椅子に座って」

「許してあげろ、あの人、ぢなんだ」

「え、そうなのですか、それはまぁお気の毒に」

「ああ、薬屋で毎月、高い薬かってるよ」

「課長、育毛剤もよく買ってるじゃないですか、出費が激しそうですね」

「ああ、給料のほとんどが薬代で消えるって言ってたよ」

「なんと……」


 開いた口がふさがりません。

 いままで厳しい仕事ばかり押し付けてくるので、よく嫌味を言っていましたが、

 今後はもうちょい優しく接してあげようと思います。


 その時、ガチャリと音を立ててドアが開きました。

 私は瞬時に椅子から立ち上がりました。


「おう、お疲れー」


 入ってきたのは課長でした。

 よかった、席を立っておいて。

 課長はこちらの方に来ると、怪訝な顔をしてきました。


「お前、なんで俺の席の近くにいるんだ?」

「いえ、いつも頑張っている課長の肩でも、揉もうかと思いまして」

「なんだ急に?」


 眉をひそめる課長。

 私は課長の寂しい頭を見て、


「いえ、課長っていつも大変だなって思って、だから少しでも課長に楽になってもらいたいんです」

「べつにしなくていいから、そんなこと……あ、そういうことなら」


 課長は席について、引き出しからなにやら書類の束を取り出しました。


「はい、この書類をすべて今日中に片づけておいて」

「は? これ、すごい量ですよ?」

「俺に楽になってもらいたいんだろ? ありがとう」


 にっこりとほほ笑む課長。

 私もにっこりと微笑んで、受け取る。

 もちろん表面上だけです、内心ぶちぎれです。

 このはげー--!て心の中で叫んでます。

 定時までに片づけられず、その日は二時間ほど残業しました。

 あ、ちなみにサービス残業です。とほほ……。

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