第三話 新人

 ふんふんふーん♪

 みなさん、今日、私はとても上機嫌なのです。

 なぜかわかりますか?

 ふっふっふっ、今日はなんと待望の新人君がくるのです!


 ほんと久しぶりですねぇ、新人が入ってくるのは。

 これで私の負担もだいぶ軽減してくれるハズです。


 さて、今日も仕事のお時間です。

 朝礼の時間になると、課長が新人君をみんなの前で紹介しました。


「みんな、今日から入社する新人だ」

「に、ニコラハム・ブロッサ―でしゅっ、よろしくおねがいひまひゅ」


 あ、噛んだ。

 かぁっと顔を赤面させる新人君。

 うわぁ、緊張でガチガチじゃないですか。あの子、だいじょうぶなんでしょうか?


「ニコラハム君、あそこにいる全体的に小さいのがリシア・アーネット君で、あの全体的に大きいのがメリンダ・ハンティントン君だ」


 全体的に小さいと言うのはどういう意味なんでしょうかね?

 私の身長や胸のことを言っているんでしょうか?

 私は眉根を寄せて課長を見ますが、彼は全然気にしていないようです。


「なるほど、覚えやすくていいですね」


 私を見てニコリと笑うニコラハム君、うんうんとうなずく課長、

 覚えやすいとはどういうことですかね? 


「課長、最近はそういうの、厳しい世の中になってきてるんですからね?」


 怒りを内に秘めた笑みを浮かべるメリンダさん。後ろに燃え盛る炎を幻視してしまうほどだ。

 課長が慌てて謝る。


「あっいや、すまない、メリンダ君。そんなつもりはなかったんだ、うん、ただニコラハム君の緊張をほぐそうと思ってだな」

「私にも謝っていただきたいですね」

「ニコラハム君、君の席はあそこだ」


 私の発言を軽くスルーして、席へと案内する店長。

 私、完全になめられてますね、これは。

 ニコラハム君を案内し終えた店長はそのまま私のもとへ来ました。


「アーネット、今日は頼みたい仕事があるんだ」

「はいはい、どうせめんどくさい仕事なんでしょ?」

「いや、そんなことないさ、今回は簡単な依頼だよ、トバイモンの地下迷宮の第二層に行ってほしいんだ」

「第二層ですか……」


 二層までなら、そこまで強いモンスターはいないのでたしかに楽ですね。

 課長がその時、なにかを思いついたように手をポンと叩いた。


「あ、そうだ、いい機会だし、ついでに研修もしようか、ニコラハム君も連れて行ってよ」

「えー、新人君も連れて行くんですか?」

「今回みたいに危険度が少ない依頼って貴重だし、経験を積ませるいい機会なんだ、頼む」

「メリンダさんは?」

「ハンティントンは別件で危険度の高い仕事を頼んでいる」

「レイフ君は?」

「シールバーはすでに長期の仕事をしている」


 どうりで今日、会社にいないと思ったら、そういうことですか。

 うーん、なんか私ばっかり面倒な依頼を押し付けられている気がするんですけど、気のせいでしょうか?


「ということでお前しかいないんだ」

「はぁ、しかたないですね……」


 課長は再び、ニコラハム君を呼んで、私と一緒に依頼をこなすことと、仕事における諸注意を語った。

 私とニコラハム君は、所長から今回の依頼について詳細な説明を受けた後、さっそく仕事に取り掛かることになりました。


 まずは二人で倉庫に行き、アイテムをいくつか取り、それをニコラハム君に渡しました。


「いいですか、薬草は多めに持っていってください。最低でも5個ですね、あとは嗅覚の鋭いモンスター対策にこの臭い玉と、あとこの閃光玉、あと聴覚の良いモンスター用にこの音爆弾、あと逃げるときのためにこの煙玉を持っておいてください、」

「はい、はい……」


 ニコラハム君はメモをしきりに取っている。

 うん、メモを取るのはいいことだけどね。私にアイテムを取らせるんじゃなくて、自分でアイテムを取ってバッグに入れてほしいな。


 えーと、私の方も同じものを持っていくとして、あとは、今回のダンジョンは薄暗いところだから光を出す魔道具と、あ、閃光玉と音爆弾がもうない、道具屋にいかないとな。

 あとはどうしよう、他に何か持って行った方がいいかな。


 ん、なにこれ、激辛玉? へー、新しいアイテム補充したんだ。

 なになに……それを口に入れると、強烈な辛さでモンスターを苦しめることができる。倒すことはできないが、隙を作ることはできるだろう……。


 なんですかこれ、全然役に立たなそう、まず口に入れることが難しいだろうし……まぁでも試しに持っておくか。使う場面なんてほとんどなさそうだけど。


「この爆弾とかは持って行かないんですか?」

「あー、それは誤爆が怖いので、あまりお勧めしませんね、新人は特に。誤爆で死んだ人、過去に何人かいたので」

「そ、そうですか……」


 とニコラハム君が青ざめて、手に取った爆弾をもとの場所に戻した。


「それじゃあ、出発しますか。アイテムが足りないので、途中で道具屋に寄っていきますね」


 私とニコラハム君は会社を出て、道具屋に向かった。


「おばさーん、おはようございまーす」

「あら、リシアちゃん、隣の男は誰、彼氏?」

「あはは、そんなわけないじゃないですか、会社の後輩ですよ」

「あら、そうなの、これから任務?」

「はい」

「大変ねー」

「いえいえ、おばさんのほうが大変ですよ」

「うん、大変なのよ、変な客とかもいるしね、顔に疲労が出てないかしら」

「全然出てませんよ、いつものように若々しく、お美しいです」

「あらやだ、リシアちゃんったら、また安くしておくね」


 上機嫌なおばさんから距離を取って、ニコラハム君に耳打ちした。


「いいですか、ああやって適当に容姿をほめるだけで安くしてくれるんで、あなたもこれからそうするんですよ?」

「は、はぁ……」


 と困ったように苦笑するニコラハム君。

 そこに、背後に誰かやってきた。


「ちょっと、リシアちゃーん、変なこと教えないでよー」

「あ、シェリサちゃん、おはー」

「おはー」

「それで、変なことって何かしら? 私、何か問題のあること言ったかしら?」

「何開き直っているのよ、もう、まぁリシアちゃんとこの会社はお得意様だから大目に見るけどね」

「ありがとう、シェリサちゃん、大好き」

「はいはい」


 と軽くシェリサちゃんは受け流す。


「で、今日は何をお求め?」

「閃光玉と、音爆弾一つずつ」


 私が言うと、シェリサちゃんは店の奥に行き、取ってきてくれた。


「はい、銀貨4枚ね、ちゃんと払ってね?」


 ニコリと笑うシェリサちゃん。

「もちろんよ」と私もニンマリと笑い返した。

 シェリサちゃんが先ほど言ったのは正規の値段だ。

 でも、ごめんね、シェリサちゃん、私は少しでも節約したいの、悪く思わないでね?


 カウンターへ行き、おばさんに商品を見せると、銀貨二枚にまけてくれた。やったね。

 シェリサちゃんがジト目で見てきたが、無視して店を出た。

 目的地のダンジョンへ向かう道すがら、ニコラハムくんが尊敬するような目で見てきた。


「仲いいんですね、道具屋の人と」

「まぁね、あなたも仲良くなっておいて損はないわよ」

「はぁ、僕、コミュ力ないので、仲良くなれるか不安ですね」

「それはよくないわね、コミュニケーション能力は鍛えておいた方がいいわ」

「コミュ力ってこの仕事に必要なんですか?」

「必要よ、超必要、コミュ力がいらない仕事なんて、ほぼないと思っていいわ」

「そうですか、が、がんばります」


 ぐっと手を握りしめるニコラハム君。

 うん、まじめでやる気があるのはいいけど、なんだか見ていて不安になる子だな。

 うまくやっていけるんでしょうか、この子……。

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