私、回復ポイントを設置する仕事をしています!

桜森よなが

第一話、私、回復ポイントを設置する仕事をしています!

 仕事が簡単で拘束時間が短くて人間関係も良好、そんな職場で働きたい! とずっとずぅーっと私は思っています。

 しかぁし、誰もがそんなホワイト企業に勤められるわけではないのです! ええ、残念ながら。かくいう私もそういうのとは真逆の仕事をしています。


 え、何の仕事ですかって? 

 ふっふっふっ、聞いて驚くなかれ、回復ポイントを設置する仕事です。

 冒険者の人は、ああ、あれを設置する仕事かってわかるでしょうが、そうでない人にはあまりなじみがないかもしれませんね。

 ダンジョンにあるあれのことです、そこに行くと全回復するやつ、あれ、ちゃんと設置してる人たちがいるのです。


 私が所属している会社――株式会社ヒールポイントは、その回復ポイントの開発、設置をしている会社です、

 私は入社の前、開発の仕事を希望したのですが、なぜか設置のほうの仕事をする部署に配属されてしまいました。

 まぁ、希望していない部署に配属されるなんていうのはよくあることです。


 この設置の仕事ですが、ぶっちゃけ、超絶ブラックな仕事です。おすすめしません。

 超人手不足だし私の負担も減るので新人は超ほしいですけど、今、この仕事をやろうと思っている方、

悪いこと言わないからやめたほうがいいですよ?


 皆辞めたい辞めたいと言いながら仕事をしています。

 私もそうです。

 今のところは口で言うだけでやめていませんが、夢が叶ったらすぐにでもこんな仕事辞めてやりますよ、ええ。

 そう、私には夢があるのです。

 その夢とは、金持ちのイケメンと結婚すること!

 そして仕事をやめて専業主婦になるのです。うふふふふふふ、ふふふふふふ!


「うふふふふふふふ、ふふふふふ!」


 と笑いながらホップステップジャンピングゥしていると、通行人たちにおかしな人を見る目で見られちゃいました。

 あらやだ私ったら。浮かれたらだめ。夢を叶えるために、がんばらなくちゃ。えいえいおー!



 ●



「おはようございまーす!」


 職場に着くやいなや、元気に挨拶! 

 挨拶は社会人にとって基本です。

 ちゃんとしないとほぼ確実に上司に怒られるんで、これから新社会人になる人は気を付けてくださいね?


「おはー、リシアちゃーん」


 私の机の向かい側で、ブラブラと手を振っているこの人はメリンダさん、私の先輩です。

 優しそうなたれ目をしたとっても美人な人で、いかにも清楚な令嬢ってかんじの見た目です。

 見た目だけは……ね。


「見て見て、リシアちゃん、これを」

 と彼女はうきうきとした表情で、机に置かれた絵を見せびらかしてきます。


「……なんですか、これ」

「人が死んでから腐り落ちていく過程を9段階にして描いてみたの、ふふふ、素敵でしょう?」


 ……この人のセンスはいかれています。

 こんなのを描いて何が楽しいのでしょうか?


「すみません、私には良さがよくわからないですね」

「そう? でも、たしかによく考えてみると、この絵、オリジナリティが全然ないわ、他にも似たようなの描いている人たくさんいそう」

「いえ、そんなものを描くのはあなたくらいでしょう」

「そうかしら?」


 彼女は小首をかしげながら、絵をじーっと見つめています。

 その目は真剣そのもの。


 このように、彼女は死体を見るのが大好きな人なのです。

 この仕事をしているのも、死体を見る機会が多いからという理由のようです。

 この人に関する色恋の話を全く聞かないのは、きっとこの性格のせいでしょう。

 生きている人間より死体のほうが圧倒的に好きな人ですから。

 せっかく美人なのに、なんて残念なのかしら。


 と憐れんだ目を向けていると、何を勘違いしたのか、彼女はこんなことを言い出しました。

「安心して、リシアちゃんが死んだら、リシアちゃんの死体の絵を描いて、ちゃんと額縁に入れて家に飾ってあげるから」

 と私の手を握り、慈愛の女神のような顔で言ってきます。

 ぞっと怖気が体中に走りました。


「いえ、いいです」

「遠慮しないで」

「いや、ほんとに、いいですから」

「そう?」


 残念そうに首をかしげるメリンダさん。

 彼女から逃げるように私はその場を離れました。

 今のやり取りで彼女がどれだけやべぇやつかおわかりいただけたかと思います。

 さて、次の人に挨拶しましょう。

 さぁ、奥へ進んで、再び挨拶!


「おはようございます、レイフさん」

「ああ、おはよう……リシア」

 気怠そうに挨拶したこの男は、レイフ・シールバー君。銀髪の美男子です。

 えーと……他には……ないな、うん、顔がいい、それだけの男ですね、はい。

 いくら顔がよくてもねー、金持ちだとか、他にそういうのがないと、ちょっと恋愛対象にはならないかなー。


「なんだよ、俺のことじろじろ見て?」

「いや、レイフ君って顔だけだなって思って……あ、やば、つい本音出ちゃった!」

「急に失礼だな、おい、お前の方こそ顔だけだろ」

「な、なんですって、私は顔も性格もいいですよ!」

「人に顔だけだなっていうやつのどこが性格がいいんだか」


 むむ、悔しいですが反論が思い浮かびませんね。

 こうなったら逃げるが勝ちです。

 私はそそくさとその場から離れ、一番奥の席にいて今この場で最も偉い人のところへ向かいました。


「課長、おはようございまーす」

「おう、おはよう」


 この大きな机で、ひとりだけ柔らかそうな椅子に座って、優雅にコーヒー飲んでるハゲのおっさんは、ここの課長です。

 相変わらず、まぶしい頭でございますね。

 私、知ってるんですよ、あなたがこっそり会社の洗面所で、育毛効果のある魔法が込められた魔道具を使っているのを。

 どうやら効果が全く出てないようですねぇ。


 と同情していたら、

「おまえなんか今、失礼なこと考えなかったか?」

 と睨まれちゃいました。


「あはは、そんなわけないじゃないですか。私は課長をとても尊敬しているんですから」

「心にもないことを言うな」


 あれま、またもや看破されてしまいました。

 無駄に鋭い人ですねぇ。まったく、もっと鈍感なほうがきっと幸せに生きられますよ?


「さて、生意気なおまえにふさわしい、とっておきの仕事があるんだが――」

「課長ってよく見たらとてもハンサムですよね、ダンディな魅力にあふれているというか、女性にもてるんじゃないですか?」

「……今更俺の機嫌をとろうとしてももう遅い、今日はとびきりきつい仕事を与えてやる」

「そんなー」


 ああ、こんなことなら普段からもっと課長に優しくしておくんでした。

 後悔先に立たず、ですね。ぐすん。


「で、仕事っていうのは、なんですか?」

「アラスパ山の四合目にある回復ポイントの効果が切れそうでな、魔法陣を張りなおしてきてほしい」

「げー、あの険しい山ですか。メリンダさんに頼んでくださいよ」

「メリンダにはすでに別の依頼を頼んでいる」


 メリンダさんが「そういうことなの、ごめんねー」と言ってにこにこと私に笑顔を向けてきました。


「チッ」

「お前、今、舌打ちしたか?」

「気のせいじゃないですか?」

「いや、でも、確かに今……」

「あはは、やだなー、課長ったら、見た目も心も美少女の私がそんなことするわけないじゃないですか」

「……まぁいいや、仕事をちゃんとしてくれたら。詳しくはこの資料に書いてあるから、これ読んだら現場に向かってくれ」

「はーい」


 自分の席へ着き、資料を一読した後、私は準備にかかった。

 オフィスの奥にある倉庫へ行き、乱雑におかれたアイテムの山から必要なアイテムをせっせとバッグに詰め込んで、出発!


 さぁ、山へ行きましょう! 

 ……とその前に回復アイテムが心もとないので、道具屋へ寄っておきましょうか。


「道具屋さーん」

「あ、リシアちゃーん、おはよう」


 受付にいた道具屋の店主のおばさんがニコリと愛想のいい笑顔をうかべる。

 私も愛嬌たっぷりの笑みを返す。


「おはようございまーす!」

「今日も相変わらず美少女ね」

「道具屋さんのほうこそ、相変わらずお美しいですね、二十代に見えます」

「あらやだ、四十代の女に何言ってんのかしら、せいぜい見えて三十代よ」

「そんなことないですよー」

「うふふ、今日は何が欲しいの?」

「薬草を三つほど」

「少し安くしてあげるわね」

「わぁーい」


 ふふふ、ちょろいものです。少しお世辞を言うくらいで安くしてくれるんですから、これくらいの労は惜しみませんよ。


「くく、くくくくく……」

「リシアちゃーん、黒い顔が出てるよ」


 突如、横から声をかけてきたのはおばさんの娘のシェリサちゃん。

 よく店の手伝いをしています。

 ほうきをもっているので、店の掃除をしていたのでしょう。


「あわわ、びっくりさせないでよー」

「あはは、ごめんごめん、これから仕事?」

「うん」

「大変そうねぇ」

「大変だよー」

「よくうちにアイテム買いに来るけど、会社は用意してくれないの?」

「それがねぇ、ある程度は用意されてあるんだけど、会社にあるのだけじゃ全然足りないことがしばしばなんだよー」

「へー、でも追加分のアイテム代は会社が負担してくれるんでしょ?」

「それが自己負担なのよー」

「ええー、なにそれー!」

「なにそれーってかんじだよねー! だいぶ前に課長に文句言ったんだけどさー、新たにアイテムを買わないといけないのは、お前の実力が足りないからだ、だってさー」

「ブラックすぎー」

「ねー! そんなわけだからさー、なるべく会社にある分だけで仕事したいんだけど、命に係わるからさー、実際、アイテムをけちったせいで死んだ先輩たくさんいるしー」

「うわぁ、よくそんな仕事してるね?」

「うん、自分でも不思議に思うよー」

「辞めないの?」

「辞めても他にいい仕事見つかるかわかんないし、はぁ」

「そっかー、がんばれー」

「うん、頑張るよー、あ、そろそろ行かなくちゃ、じゃねー」


 そして私は町を出て、馬車に乗って山へ向かった。


 

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