行きつけのカフェ

 盛会だった同窓会もそろそろお開きの時間となった。それぞれに連絡先を交換したり、これからちょっと飲み直そうなどという会話が聞こえてくる。香奈も奈美と連れ立って会場を出ようと玄関へ向かう。奈美お気に入りのカフェがあるとのことで、そこでゆっくり話そうということになった。


「丸野さん」


旧姓で呼ばれるのは久しぶりだ。え?と声のする方を見やると、そこには笑みを浮かべた坂野茜がいた。

素直に伸びた髪は綺麗なブラウンに染められ、裾を軽く巻いている。ナチュラルメイクでこんなにも美しく輝ける人だったと、香奈は茜をこの瞬間、改めて知った気になった。

「坂野さん」

つい、香奈も旧姓で呼ぶ。

「私、今は多野なの」

茜が言うので

「私は大木」

とバカみたいな返答をしてしまう。「そう」とにっこり微笑む茜はまるで女神のような美しさで、香奈は思わず見惚れてしまった。

「今日少しも話せなかったわね。またどこかで会いたいな」

茜の言葉に香奈も奈美も慌ててスマホを取り出す。


連絡先を交換したところで奈美が言う。

「凄いね、旦那さん。多野会長なんでしょ?」

うん、そう。茜は言って

「私の会社も買い取ってもらったの。色々と楽になったわ」

そう言う茜がどれほど夫に愛され慈しまれているか、手に取るように伝わってきた。

迎えが来るというので茜と3人、ホテルの正面玄関まで歩く。

「良かったら乗っていかない?送るわ」

少しも厭味のない声につい甘えそうになる。

「あ、これからカフェに行く予定なの。坂野・・・じゃなかった、多野さんも暇なら一緒にどう?」

奈美が恐る恐るといった感で誘ってみるも

「これから会議なの。ごめん。また今度誘って。私からも連絡するから」

上質なシルク素材のサーモンピンクのワンピースがよく似合う。ふと今日のいでたちを思い出し、香奈は聊か気恥ずかしくなった。

黒塗りの車が一台、玄関前に着く。

「またね」

言い残し颯爽と去っていく茜を見送って、香奈はふとあざみのことを思い出していた。

「あざみ、さすがに来られなかったのよね」

そりゃねぇ、と奈美の声がする。


どちらもとても優秀な学生だった。華やかで勝気なあざみと、地味で内気な茜。

ふたりとも、真面目に生きた。あざみは癖のある性格だったが、だからこそ心開いた男にとことんまでついていってしまったのだろう。親を泣かせ周囲を困惑させ。そんなあざみの姿をあの頃、誰なら想像できただろうか。

敵も多かったあざみのこと、ひょっとしたら現在の姿にほくそ笑む人もいるかも知れない。そう考えて、思わず香奈は肩をすくめる。


「どうしたの?」


無言でいる香奈の顔を覗き込むように奈美が尋ねる。

「いや、綺麗になったなと思って。坂野さん。あ、多野さんか」

「そうだよねぇ。ビックリするくらい美人になって」

「ナチュラルな美人だよね。メイクも凄く自然だったし」

「そうそう。何も足してないあの感じ、すっごく羨ましい」

ほど近いバス停まで歩く。3つ先の停留所から歩いて2分ほどの場所に、そのカフェはあるらしい。

「どんなお店?」

「コーヒーがとっても美味しいの。あとケーキも」

「また食べる?」

「食べる!」

キャハハとあの頃と同じ笑い声をたて、バスの到着を待つ。美しい多野茜はきっと家事も仕事もバリバリこなすのだろう。連絡先の交換ができたことが嬉しかった。必ずいつか茜と奈美との3人で会いたいと思った。

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