越上 あざみ

「酷い目って何よ?」

しっかり者のあざみが、いくら上京したからと言って、おいそれと危険な目に遭うと香奈には思えなかった。

「男よ」

葉月は声を潜める。

「フリーターなんだけどね。あざみの給料をあてにしちゃって。付き合い始めは真面目に働いてたらしいんだけど。初カレだからあざみ、言いなりになっちゃって。タチの悪い男だったもんで、どんどん面倒なことになっていったらしくて」

葉月の口調次第に弾み出し、香奈は少しだけ嫌な気持ちになる。


「こっちに帰ってきた日、私あざみのお父さんに頼まれて一緒に空港まで迎えに行ったけど、髪の毛ボサボサで肌もシミだらけでおばあちゃんみたいだし、左手の小指の先無くなってるし。なんか怯えきっていて、お父さん帰り道泣きながら車運転してたもん。私に『手を握ってやってほしい』って言うから握ろうとしたけど、そんなのも怖がっちゃってさ」


「・・・もういいわ」

香奈は葉月を遮った。気を悪くしたのか

「何よ。あんたが知りたがったんでしょう、あざみのこと」

と不貞腐れた。

それはそう。その通りだけど。

「ごめん。急展開に驚いちゃって。イチゴ食べて機嫌直して」

取り皿にイチゴといくつかのフルーツ、ドルチェを載せて葉月に手渡す。

「こんなに食べられないって」

すぐに機嫌を直した葉月の目線は、皿に盛られた果実に向けられている。素直で気のいい人なのだ。他人の個人的なことをペラペラ喋る性分に、合わないものを感じるというだけで。


あざみ。今どうしているのだろう。

葉月は詳しそうだが聞く気になれない。小指の先がなかったと言っていた。そんなことを楽しそうに語られても困惑するだけだ。

奈美と一緒に香奈はあちこち声をかけて歩いた。さりげなくあざみの近況を語れる誰かがいないかと。


「パチンコ屋さんはすぐクビになったしね」


え?と戸惑う香奈が、単に聞き返しただけだと思ったらしい弓削尚子は

「ほら、小指って結構重要じゃない。重たい物持つときとか。パチンコ玉が入った箱を立て続けにひっくり返しちゃったらしくて。クレームの嵐だったんだって」

そっと教えてくれた。


パチンコ屋で働いていた?あの越上あざみが?


それを殆どの同窓生は知っていたということか。普段から連絡を取り合う奈美も、あざみの噂は耳にしていたという。

「ざっくりした話しか聞いてないし、わざわざ香奈に話すほどのことは私も知らないの」

奈美の打ち明け話に嘘はないと思う。香奈はあざみが東京で出世街道を驀進していると思い込んでいた。霞が関の官僚となってバリバリ仕事をこなしているだろうと。

それが何たる落ちぶれぶりだ。俄に信じがたいが誰も嘘なんか言っていなくて、あざみも今日が同窓会当日だと知っているに違いないと、他愛ない話と共に散り散りに聞くあざみの近況を知ることで、確信するのだった。

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