坂野 茜

悪気なんて微塵もなかったのだ。坂野茜は細身で、針金で作ったようなフレームのメガネをかけていて、髪も「美容師にどうお願いしたらその仕上がりになるの?」と尋ねたくなるくらい、何とも形容しがたいヘアスタイルを3年間キープした、謂わば変わり者であった。華やかな私立の女子校において、茜のような存在はよく言えば「いじられキャラ」、悪く言えば嘲笑の的になる。茜はそのポジションを甘んじて受け入れていた。粘土と呼ばれるようになったのは、香奈の

「坂野さんって変な匂いしない?粘土と安物のハムが合わさったような」

という、不用意な発言がきっかけとなったのだ。


もう誰もそんなこと覚えていないだろうが、香奈は忘れられずにいる。

「粘土」と陰口を叩かれながら茜は卒業した。仲のいい後輩や先生たちと記念撮影する香奈たちにサヨナラも言わず、茜は校門をくぐった。両親の迎えもなくひとりぼっちで、学び舎を去ったのだ。


「坂野さんがどうして?マスコミに?」

成績優秀だったとはいえ、全国に名を馳せるようなレベルにいた訳ではない。それを言うならあざみの方が遥かに上だった。東京の名門大学に現役合格して、国家公務員の道を選んだ。所謂出世頭だ。あざみを差し置いて茜が取材を受ける理由が、香奈には分からなかった。

「あざみはそういえば来ないの?東京からだとちょっと難しいか」

香奈の呟きにオーバーリアクションをして見せたのは、共に食事をとっていた栗山葉月だ。

「香奈って何にも知らないのね。あざみ、東京で酷い目に遭って、少し前にこっちに帰ってきてるのよ」

「そうなの!?」

驚いた。越上あざみといえば、香奈の学年を5年前後した先輩後輩なら、誰しも名前くらい知っているほどの有名人だ。優秀で向学心が強く、教師の信任も厚かった。2年から卒業まで生徒会長を務めた。美人とは言い難い造形だったが、どちらかと言えば人好きのする顔立ちで、それなりに人気を博した。「それなり」というのは、あざみは好き嫌いがはっきりしていて、嫌いな人にはかなり嫌な態度を取るタイプだったことに由来する。あざみを嫌う人も結構多かった。反面好んで付き合う同級生も多くいて、あざみ自身楽しい学生生活を送っているようだった。実際香奈は努力家で高い発信力を誇るあざみに好感を抱いていた。

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