死者が死ぬ三分前、俺はいつも怒声を飛ばす。

ねくしあ@カク甲/こえけん準備中

蘇生術師のとある一日

「俺が守る! だから早く立て直し――」

「ジャック!?」


 ここは危険なダンジョンの中。そして仲間を庇い心臓を貫かれたのは俺が同行しているパーティーの盾役タンクだ。

 彼は目の前にいる氷を纏う下位の龍、アイスドラゴンの放った氷槍アイシーランスが盾を貫通し心臓を――という風に命を落としてしまったのである。


「ジャック……! 返事をしろ!」


 パーティーのリーダーで剣士のヴァントムが、アイスドラゴンにも目をくれずにジャックを揺さぶっている。しかし起きることはない。どこもピクリとも動かない。 


 だってそいつはもう――


「諦めろ。そいつは死んでる」

「っ……!」


 はっ、まだ青臭いガキだな。事実を言っただけなのに、恨めしそうな目で俺を睨んできやがる。俺が殺したわけじゃねぇっての。


「お願いします、ジャックを助けてください!」

「……ちょうどいい。代金はそいつの素材を売った金からもらうさ」


 金髪の魔法師マーシャが俺の目を見て懇願してくる。

 

 普段なら、金を出し渋る若者かすぐに決断するベテランかに分かれている。たまにいる仲間思いの奴は、蘇生の代金が返せないのを承知で頼み込んでくるくらいのものだ。

 しかしアイスドラゴンは珍しい魔物。ここら辺では普段見かけないこともあり、素材はきっとかなりの値がつくことだろう。これなら金を回収できないとか借金地獄を見せる心配もない。

 もっとも、きっとこいつらはそんな事考えちゃいないだろうがな。


「その代わり……三分だ。三分間俺は自分の身を守れない。だからお前らが守ってくれ。もし俺が死んだら……分かるな?」

「は、はいぃ!」


 これで契約完了だ。


 いやはや、ランク昇格試験に保険としてついて来ただけなのに――そういう決まりなのだが――商売のチャンスがあるだなんて俺も運がいい。


 さてと、作業を始めるとしよう。

 まずは魂にふれることの出来る貴重な手袋をつけて――っと。


魂回帰リバースソウル


 俺がこれからするのは、死んだときに開放された魂を身体の中へと呼び戻す作業。

 人間の魂は三分後には自然に還るとされているため、迅速に行う事が必要なのだ。それを過ぎれば二度と死者は帰ってこない。


 今回は大サービスだ。魂が留まりやすくなるアイテムである「龍の骨粉」を指でつかみ、軽く周囲にばらまく。これで失敗することはないだろう。……あいつらが俺を守ることに失敗しなければ、だが。


「ヴァントム! 前!」


 警戒をしていたマーシャが叫ぶ。


 俺もつられて前を見れば、一人を倒したことに愉悦感を覚えたような表情のアイスドラゴンが次なる一手を打とうとしていた。

 

 ふむ、氷の息吹ねぇ。これは危ない。


「ほら、防御魔法展開しないと死ぬぞー」

「あっはい! 魔法障壁マジックバリア!」


 雪崩のように襲いくる氷の息吹に対し、必要最低限の面積でそれらを防いでいる。それだけで魔力を消耗しないようにしているのが分かるな。


「スティブル!」

「うおおお!!!」


 隙を狙ってアイスドラゴンの懐へとこっそり潜り込んでいたスティブルは、雄叫びを上げながらヴァントムの指示に従いナイフを突き刺す。

 だが――キンッ、という音が虚しく響くのみで硬い鱗には一切傷をつけることは叶わなかった。


「避けろおお!!」

「バカ! そしたらリヴァさんに!」

「ちっ……マーシャ!」

「言われなくても!」


 俺の事も、ついでにこの死んだジャックくんのことも忘れているのか。本当にガキだな。どうやらスティブルくんはこのガキを正す役目もあるらしい。ご苦労なこって。


「よし、魂を見つけたぞ……これを……こうして……こうじゃ」


 先輩が言っていたようなセリフを呟きながら手を動かす。

 その手の中には、丸みを帯びた虹色の「何か」があった。それをゆっくりと、丁寧に身体の中へと押し込んでいく。


 魂は物理的なものではない。精神的とか、霊的とかなんだか言われているようなものだ。だから容易に人の体を貫通できる。


「マーシャは炎魔法でダメージを与えつつ囮を、スティブルは引き続きチャンスを狙ってくれ! 俺は真っ向勝負する!」

「おう!」

「分かったわよ!」


 しかし腐ってもリーダー。指示を瞬時に出す能力はあるようだ。


 一方、アイスドラゴンは怒り心頭のようで、さきほどジャックを殺したときよりもさらに数倍も多い氷槍アイシーランスを生成している。大きさも心なしか大きくなっているように見え本気度が伺える。


 そして放たれた氷槍アイシーランスに対し、マーシャの炎魔法がぶつかる。

 一つの氷槍アイシーランスに対し一つの炎――その様はまさに壮観。物量戦は見ごたえがあるが、魔物と普通の魔法師では魔力量には大きな差がある。そのためそれも長くは続かないだろう。


「もう……げんか、い……!」

「おりゃあああ!」


 その間に距離を詰めていたヴァントムは、剣を思い切りアイスドラゴンの前足へと突き刺す。


『GAAAAAA!』

「うおっあぶねぇ!」


 怒りを更に増幅させたその攻撃に、のたうちまわるアイスドラゴン。地団駄とも言えるその動きにより、ヴァントムは危うく踏み潰されそうになっていた。


「スティブル! 今なら!」

「おうよ!」


 そしてまた気づかぬうちに、今度はアイスドラゴンの腹へ潜り込んでいたスティブル。ナイフを思い切り引き、目にも止まらぬ速さで――刺す!


『GYAAAAAAAAA!?』

「効いてるぞ!」


 アイスドラゴン、もとい下位の龍から上位の龍まで、多種多様な龍がいる。しかしそのどれも、腹だけは弱点という共通点が存在するのだ。

 硬い鱗や危険な魔法があろうと、腹を攻撃されてしまえば激痛に意識を混乱させ、苦痛で死んでしまうほどに弱い。きっとこれは致命傷になることだろう。


 だがしかし。人間も龍も、怒りに身を任せると何をしでかすか分からないものだ。


「あれは……氷獄の息吹か。お前ら、死にたくなかったら避けろ! あと俺も守れよ!?」


 先程の「氷の息吹」より威力が数段強い「氷獄の息吹」を目にして戦慄したような表情で固まる彼らに怒声を飛ばし、ついでにマーシャの方を向いて守るように言っておく。

 別に数回なら自力で防げるとはいえ、甘えられては困る。


 数秒後、俺の目の前には小さな魔法障壁マジックバリアが展開された。

 

 あの物量戦で相当魔力を消耗したのだろう、俺の左腕に息吹の余波が当たってしまう。

 直接当たるよりも威力が落ちるとはいえ、その冷たさは変わらない。みるみるうちに腕が凍りつき、動かなくなってしまう。これでは作業が続けられない。

 

 俺は内心で舌打ちし、手首に巻き付けてあった魔導具を起動する。


回復ヒール封印起動アクティベート……っ」


 そう唱えると、まるで時が逆行しているかのように氷が消え去っていった。


 これは魔法を封じ込めておく魔導具。決められた呪文を唱えると、魔力の消費なしで魔法を行使できるものだ。

 今、俺が魔力を使ってしまうと魂に干渉し、最悪壊してしまう恐れがある。それは避けねばならない事態なため、これは重宝している。


「そいつ早く倒せよ! 三分したら魂消えるんだぞ!? このバカヤロウ!」 

「「「す、すみません!!!」」」


 もちろん説教は忘れない。若者はこういう時の言葉をよく覚えているものだ。これからの人生に役立つような金言を残すのも、年長者の役目だろう。

 それに効果はすぐに出たようで、彼らは尻に火がついたかのように戦い始めた。剣技はより一層早くなり、魔法は絶対に効果があるときに最高のタイミングで使っている。スティブルの動きもより俊敏になり、何回も腹を刺していた。


 こうして一分の間でアイスドラゴンは弱々しい姿へと変わり果ててしまった。


「今だヴァントム、トドメを!」

「うおおおお!!!」


 助走をつけ、剣を抜き高く飛び上がり、重力によって加速し――丸出しとなった腹部へと突き刺す。

 刹那、アイスドラゴンは小さな声で『AAA……』と寂しい断末魔を上げ、目の光を失った。


「か、勝ったぞおおおお!!!」



 剣を高らかに掲げ、勝鬨を上げている。それに合わせ、皆もそれぞれの獲物を掲げる。俺もその熱に当てられてしまい、小さく腕を上げてみる。

 ……恥ずかしいな。やめよ。


「う、うぅ……お、俺は……?」

「起きたか小僧。どうだ、初めて生き返った気分は?」



 ゆっくりとまぶたを開け、寝起きさながらの遅さで身体を起こすジャック。まだ様子がつかめていないようだ。


「い、生き返った?」

「あぁそうだ。生き返ったんだよ」


 何を言っているか分からない、と目だけで伝わってくる。さすがに呆然としすぎていてニヤけてしまう。あやばい笑っちゃいそう。 


「ジャック!?」

「ジャックくん!」

「ジャック~!」


 俺との会話で気がついたのだろう、三人が駆け寄ってくる。


「いってて……た、ただいま?」

「おかえり~!」

「やめてまだ痛いんだって!!」


 生き返ったとはいえ、傷が全て治ったわけではない。多少は治ってるが、死ぬ直前までに受けた傷はそのままだ。

 だから抱きつかれてしまえば痛みが全身を走るだろう。


 それにしても……ふふ~ん。マーシャとジャックは「できてる」んだな。春だねぇ~。


「ほら、素材をさっさと回収して帰るぞ。また死にたいのか?」

「「「「はーい!」」」」


 これこそが俺、リヴァの仕事――蘇生術師だ。

 人々が見せる死に際のストーリーにはいつも感動させられてしまう。

 本当に、楽しい仕事だ。


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