同居人は魔法使い 12
「ヨミくん、見てみて。ペンギンだよ。餌を食べてる。可愛いねェ」
「はぁ……」
ペンギンの水槽を嬉しそうに眺める降魔さん。俺は案の定、どっと疲れが溜まり溜息の様な返事が出てしまった。
目の前では、飼育員が魚を入れたプラスチックのバケツを持って彷徨いている。その先には、ペンギン水の中で泳いだり、水槽から出て飼育員の所に集まっている。
そして、飼育員は一匹ずつ餌を食べさせていた。
降魔さんはペンギンに目が離せない様で視線をこちらに向けることはない。辺りを見回せば、まだ幼稚園児くらいの子供たちもペンギンに夢中になっている。
そして、相変わらず降魔さんのスペックが高く、降魔さんをジロジロと盗み見るやつもいる。最悪なことに、降魔さんは何を気付いてないが。
それにしても降魔さん、めっちゃはしゃいでるなー。
なんか子供みたい。
きっと、水族館に行ったことないって言ってたから、新しい景色に夢中になってるのかもしれないな。
「まぁ、降魔さんが楽しんでるならそれで良いか」
降魔さんってあんな嬉しそうな表情出せるんだ……。
俺を揶揄う時も笑ったりするけれど、なんかこれは……。
何と言うか、かわい……。
「か、可愛い??!!」
いやいやいや!!!
降魔さんを可愛いって一体、どんな思考をしてんだ俺は!!!
頭大丈夫かよ!!??
それよりも俺は手紙を書かないといけないからな。その降魔さんとの思い出作りが目的なんだから。
降魔さん、元が美形だから目立つんだよな。背も俺より高いのに、何と言うか一回り小さくなった感じがする。骨格も少し、柔らかくなったようにも思える。
女体化したことで、華奢になったのか?
やっべ、俺女性とそんなに会話したことないから分っかんねぇ……。
降魔さんに突如現れた胸の膨らみがどうしてもチラついて仕方がない。
目の前の人が異性だと意識すると、余計に緊張が走る。俺は暫くの間降魔さんを横目に見る。すると降魔さんも俺の方を向いた。
思わず目を逸らそうとするも、ペリドットのような輝く瞳と目が合う。俺は肩を揺らした。降魔さんはニヤリと不敵な笑みを浮かべたあと、胸元に手をクロスさせた。
「ヨミくんのえっち」
「なっ?!」
少し恥じらいを持ちながら頬をほんのりと紅くさせる降魔さんに俺は目を見開いた。
「べ、別に見てねーし」
「嘘だよね。今、胸元見たでしょ? これって、やっぱり珍しいかなァ? ふわふわだよね、これ」
「ばっ、人前で触るな!! 他の人たちに見られたらどうするんだよ!!」
「えェ? 誰も気付いてないよ? 平気さ」
「アンタがそうだとしても俺はダメなんだよ!」
俺が注意するも、降魔さんは自身の胸元を手でいじくり回す。幸い、他の客はペンギンに夢中になっており、騒めくことはなかった。だからと言って安心する訳ではない。
この行動を見て、俺は一つ分かったことがある。
降魔さんって、生粋の天然だ!!
いや、それだけじゃない。降魔さんは鈍感も備わっているのだ。
人前で恥ずかしいことをしても、気にしない精神は、もう一周まわって尊敬する。が、それと同時に心に蟠りも出来た。
「なんで、気付かないんだよ」
みんな、降魔さんに釘付けなのに。降魔さん本人はちっとも気にしていない。知らないふりしてやっているのか、それとも本当に知らないだけなのか。
ここに来る前にも、すれ違った中年のオッサンが下心丸出しの表情で降魔さんを見つめていたんだぞ。
それなのに、降魔さんときたら……。
「少しは自分がモテるってことくらい、自覚しろよ」
「ヨミくん。何か言った?」
俺の様子が気になったらしく、降魔さんは不思議そうに顔を覗かせる。端正な顔が目の前に現れ、俺は思わず後退りしかけた。
誤魔化そうと咳払いをする。
どうせ、直接言ったって降魔さんには分からないんだから。別に良いや。
俺は降魔さんに何でもないと告げる。疑り深い表情を浮かべていたが、どうでも良いことなのだろうとこれ以上は探り入れることはなかった。
先程までよりも人が集まってきた頃、俺たちはタイミングを見計らって次のエリアへと向かうことにした。
「ほら、早く行くぞ」
「待ってヨミくん」
突然、右腕に違和感を覚えた。腕全体を包まれている様な感覚を感じ、俺ばその方向を見る。その瞬間俺はギョッとした。
「ちょ、ご、降魔さん?!」
なんと、降魔さんが俺の腕に絡みついているのだ。俺の慌てる声に降魔さんはクスリと笑った。
「何だい? ヨミくん」
「い、いや、な、何で腕組んで……?!」
「んー?」
「って、顔近い!! 顔を寄せてくるな!!」
「さっきね、男女の恋人が腕を組んで歩いているのを見かけたんだ」
「そ、そうかよ……」
だから何なんだ!!
それとこの状況は全然関係ないだろ!
ほら!! 俺たちの変な行動に周りの奴らがジロジロ見てる!!
心なしか、周りが騒ついているようにも思える。視線だけを動かすと、ヒソヒソと話している人たちもいる。
「なんだか、ボクたちカップルみたいだね」
「かっ?!」
思わず叫びそうになるのを必死に堪える。降魔さんは時々、あり得ない言葉を発することが多い。
そのせいで俺の心臓が幾つあっても足りないと言うことを降魔さんには自覚してもらいたい。
「へ、変なこと言うな……!」
「でもその割には嬉しそうだね?」
「ちっげーし!!」
俺は必死に、絡みつかれた腕を何とか抜け出そうと引っ張るも中々抜け出せない。女性になっても力は元のままなのかもしれない。
焦りが高まると同時に、降魔さんも距離を縮めていく。降魔さんの長い睫毛がバサバサと流れる。
途中、腕に今まで感じたことのない柔らかい感触が伝わってきた。それが一体何なのかを瞬時に分かってしまった俺は硬直してしまった。
「ヨミくん〜?」
「は、早く行くぞ!!」
やっぱり、降魔さんは分っかんねー!!
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